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大森房吉の「震害概説及震災時の注意(1919年)」より、地震の揺れと地盤の関係についての名言(地震学者 東京大学教授)[今週の防災格言592]

time 2019/04/29

大森房吉の「震害概説及震災時の注意(1919年)」より、地震の揺れと地盤の関係についての名言(地震学者 東京大学教授)[今週の防災格言592]

『 地震動の強弱は土地の硬軟にること極めて大にして、相接近する場所にても往々震害に非常の懸隔けんかくあるは多くはこの事実に依れり。 』

大森房吉(1868~1923 / 地震学者 東京帝国大学教授 理学博士)

格言は『震害概説及震災時の注意』(1919(大正8)年)より。
(出典:「災難は避けられる:一名・災害防止展覧会説明書」(培風館 大正8年)の寄稿文から)

懸隔(けんかく)とは、非常に差がある、という意味。

曰く―――。

《 柔軟なる地、新しき埋立て地、河岸、築堤等は震動甚しきのみならず容易に亀裂を生ずべし。
要するに大なる岩石の上に建築すれば最も安全にして震害は殆んど皆無なるべく、岩石地にあらずとも堅き土質なれば震動著るしく軽きものとす。
安政二年江戸大地震のとき震害の甚しかりしは築地、鉄砲洲(てっぽうず=現東京都中央区湊)、曲輪内(くるわうち)殊に大手前、和田倉橋内外、八代洲河岸、幸橋町内、小川町、神保町、小石川江戸川付近、下谷、根津、茅町、浅草、吉原、本所、深川等にして山手の土地堅硬(けんこう)なる場所は震害軽く、下町にても日本橋、京橋、新橋付近の如きは損害少なかりき。 》

大森房吉(おおもり ふさきち)は、明治・大正時代を代表する地震学者の一人。世界に先駆けて近代地震学を日本で立ち上げたジョン・ミルン(1850~1913)、ジェームス・アルフレッド ユーイング(1885~1935)、早逝した関谷清景(1854~1896)の後を受け継ぎ、その後の近代地震学の基礎を築きあげた人物で「地震学の父」とも呼ばれる。

1892(明治25)年に発足した地震を専門的に研究する世界初の組織「震災予防調査会」の設立時から主任委員を務め、また東京帝国大学地震学教室の主任教授として「地震帯の発見」や余震の減少についての公式と初期微動から震央を求める「大森公式」、世界初の高感度地震計「大森式地震計」を考案するなど輝かしい業績を残した。

しかし、関東大震災の予知にかかわる論文で “人心を動揺させる恐れ” から(いよいよ地震が起こると判明するまで)公表に慎重な姿勢を貫いたため、同じ地震学教室の同僚であった今村明恒助教授と対立(大森・今村論争)した。1905(明治38)年に端を発する地震学教室教授と助教授同士の論争は、その後長い期間にわたってマスコミを賑わす社会問題となってしまい、結果として関東大震災(1923年)が発生すると大森は「関東大震災を予知できなかった無能な地震学者」という誹りを受け、大震災直後に急死したことも手伝い、その後評価が失墜した。

大森は、1868年10月28日(明治元年9月13日)、福井藩の勘定方役人・大森藤輔(とうすけ)とその妻幾久の八人兄姉の五男で末子として福井城下新屋敷百軒長屋(現福井県福井市手寄)に生まれた。
1877(明治10)年、9歳のときに一家は東京へ移り住み、官立阪本学校(現中央区立阪本小学校)、神田淡路町の共立学校(現開成高等学校)を経て、1883(明治16)年に東京大学予備門本学(旧制第一高等学校の前身)に成績優秀者として褒賞給費生で入学。1887(明治20)年、帝国大学理科大学物理学科(後の東京帝国大学理学部)の入学でも成績優秀により特待生となり、1890(明治23)年に大学を首席で卒業後、給費学生待遇で同大学院へと進学する。恩師の菊池大麓(帝大学長・理学部教授で後の文部大臣)の勧めから地震学を志し、当時イギリスから招聘されたジョン・ミルン教授(1850~1913)の指導のもと地震学と気象学を専攻した。
1891(明治24)年に同大学の助手となり、この年に発生した濃尾地震(M8.0 岐阜県本巣市を震源とする日本最大の内陸直下地震)では現地調査に当たった。1892(明治25)年「震災予防調査会」が設立されると菊池大麓、小藤文次郎、関谷清景、田中舘愛橘、長岡半太郎らとともに調査会委員に任命され、1893(明治26)年帝国大学理科大学講師となり地震学講座を担当、1894(明治27)年ドイツ、イタリアに二年間留学。初代地震学教室教授の関谷清景(1854~1896)が結核により40歳の若さで亡くなると、この後を受け継ぎ、帰朝した1897(明治30)年に29歳で地震学教室の主任教授となった。以降は、震災予防調査会長・幹事や京都帝国大学地震学講師、中央気象台(現気象庁)地震学講授などを兼任し、30年以上にわたり地震学界を指導した。
大森が発表した地震現象に関する数多の論文は国際的にも高い関心を呼び、1916(大正5)年には日本人初のノーベル賞(物理学)候補に選出されている。
1923(大正12)年9月1日、第二回汎太平洋学術会議の副団長としてオーストラリア・シドニーに滞在しているときに東京で大震災が発生したことを自ら知ることとなった。在豪中に脳腫瘍が悪化し、帰国後すぐに東大病院へ入院するが、一ヶ月後の1923(大正12)年11月8日に亡くなった。享年55。没後贈正三位勲一等瑞宝章。
横浜港に帰国した際に大森は今村明恒へ『 今度の震災につき自分は重大な責任を感じている、譴責されても仕方はない 』と述べたと伝わる。
大森房吉
大森房吉

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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