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寺田寅彦が随筆『鉛をかじる虫』に記した格言(随筆家)[今週の防災格言504]

time 2017/08/21

寺田寅彦が随筆『鉛をかじる虫』に記した格言(随筆家)[今週の防災格言504]


『 「知らない」と「忘れた」とは根本的にちがう。 』

寺田寅彦(1878〜1935 / 物理学者 随筆家 俳人)

格言は、随筆『鉛をかじる虫(昭和8年)』より。
(初出は「帝国大学新聞(昭和八年一月)」から)

ある日、寅彦が鉄道大臣官房研究所を見学したとき “鉛をかじる虫” という奇妙な虫を見せてもらった。顕微鏡の中の小さな虫は、鉛を食べて鉛を排泄する、という。

《 これらの説明を聞いた時に不思議に思われたのは、鉛を食って鉛の糞をしたのでは、いわば米を食って米の糞をするようなもので、いったいそれがこの虫のために何の足しになるかということである。
米の中から栄養分を摂取して残余の不用なものを「米とは異なる糞」にして排泄するのならば意味は分かるが、この虫の場合は全く諒解に苦しむというより外はない。

・・・≪中略≫・・・

自分の体重の何倍もある金属を食べ、その何十プロセント(%)を排泄するというのは全く不思議というより外はないであろう 》

との感想をいだくと同時に、寅彦は

《 鉛をかじる虫も、人間が見ると能率ゼロのように見えても実はそうでなくて、虫の方で人間を笑っているかもしれない。
人間が山から莫大な石塊を掘りだして、その中から微量な貴金属を採取して、残りのほとんど全質量を放棄しているのを見物して、現在の自分と同じようなことをいっているかもしれない。 》

との思いをめぐらせている。

曰く―――。

《 われわれが小学校中学校高等学校を経て大学を卒業するまでの永い年月の間に修得したはずの知識は、分量で測ることが出来るとすればずいぶん多量なものであろうと思われる。十七、八年の間かじりつづけ、呑み込みつづけて来た知識のどれだけのプロセントが自分の身の養いになっているかと考えてみても、これはちょっと容易には分かりかねる六(むつ)かしい問題である。

しかし、ともかくも、学校で教わったことの少なくも何十プロセントは綺麗に忘れてしまっていて、例えば自分等の子供に質問されて即座に明答を与えることが出来ない程度にまで意識の圏外に排泄してしまっているのは事実であるらしい。

そんなに綺麗に忘れてしまうくらいならば始めから教わらなくても同じではないかという疑問が起こるとすれば、これは自分が今この鉛を食う虫に対して抱いた疑問と少し似た所がある。

「知らない」と「忘れた」とは根本的にちがう。これはいうまでもないことである。しかしそれが全く同じであるとしても、忘れなかった僅少なプロセントがその人にとってはもっとも必要な全部であるかもしれないのである。

世の中に工率百プロセントの器械は一つもない。注ぎ込んだエネルギーの一部は必ず無駄になって消費される。電燈の場合などでも肝心の光になるエネルギーは消費される電力の割合にわずかな小部分で、あとはみんな不必要な熱となって宇宙に放散する。この、物質界に行われる原理を、鉛を食う虫の場合の生理的現象に応用する訳には行かないし、いわんや人間の精神現象に持ち込むべき所由はもとよりない。

・・・≪中略≫・・・

こう考えてみると、道楽息子でもやはり学校へやった方がいいように思われ、分からないむずかしい本でも読んだ方がいいようであり、ろくでもない研究でも、しないよりはした方がいいようにも思われ、またこんな下らない随筆でも書かないよりは書いた方がいいようにも思われてくるのである。 》

この随筆を発表してから僅か二ヶ月後の昭和8(1933)年3月3日、三陸沿岸を大津波が襲い三千人以上が亡くなった。

明治29年の明治三陸大津浪、大正12年の関東大震災、そして昭和8年の昭和三陸津浪をまのあたりにした寅彦は、繰り返し発生する自然災害を「忘れない」ようにと『津浪と人間』と題する随筆を執筆し警告を発している。

※防災格言「津浪と人間」⇒ https://shisokuyubi.com/bousai-kakugen/index-328
寺田寅彦

その他、寺田寅彦の防災格言
国家を脅かす敵として天災ほど恐ろしい敵はないはずである
科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
天災は忘れた頃来る
ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。
戦争はしたくなければしなくても済むかもしれないが、地震はよしてくれと言っても待ってはくれない。
「知らない」と「忘れた」とは根本的にちがう。
大正十二年のような地震が、いつかは、おそらく数十年の後には、再び東京を見舞うだろうということは、これを期待する方が、しないよりも、より多く合理的である。
地震の研究に関係している人間の目から見ると、日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもので、しかも、そのつり橋の鋼索があすにも断たれるかもしれないというかなりな可能性を前に控えている
文明がすすむほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防護策を講じなければならないはずである
文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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