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福地信世の関東大震災後の地震予知にまつわる名言（1877～1934 / 鉱物・地質学者舞踊作家）[今週の防災格言782]

time 2023/09/18

『学問の力によって震災予防は出来るであろうが地震を予知することなぞは却々（なかなか）出来るものではない。』

福地信世（1877～1934 / 鉱物・地質学者舞踊作家東京帝国大学理学部講師）

格言の出典は武者金吉著「近代科学の諸問題：地震学」（1924年）より。

関東大震災が起こって以降、日本の地震学者のもとには、しばしば脅迫状が舞い込みました。地震学者と称しながら大震災を予知できなかった罪を責めた内容だったそうです。

例えば、京都帝大の地質鉱物学科の初代主任教授となった地質学者・小川琢治（1870～1941）も脅迫状を受け取った一人でした。
震災直後9月25日の新聞紙面に「今後も1～2年は東京の大地震に注意が必要」という趣旨の小川琢治の名前の談話が載ったそうで、本人曰く、その新聞にどんな記事が載っているか私は知らぬ、とのことでしたが、東京の人から『もし大地震が起こらなんだら命を申受ける』との脅迫状が届いたと震災直後の講演で語っています。
（1923年10月9日開催の大阪毎日新聞社「文化大学講座」より）

庶民のはけ口にされた地震学者にとっては、実に迷惑千万で実に気の毒な話でした。

当時、それらのニュースに接した地質学者・福地信世は、痛快な返しをしたといいます。

曰く―――。

地震学は地震の状態性質等を研究する科学である。其の学問の力によって震災予防は出来るであろうが地震を予知することなぞは却々（なかなか）出来るものではない。それは占者に聞いた方がましであろう。医学が生れて何年になるか。人の死期を予知することは不可能だ。鉱山学が出来てから幾年になるか。其の当り外れを占うことは出来ぬ。

さて、地震の起こる日時、場所、大きさの３要素を精度よく限定して予測することを「予知」とした場合、高い確率で予測することは現代の科学をもってしても出来ません。

しかも、関東大震災当時の地震学はまだ新しい学問分野でした。1892年（明治25年）に設立された初の研究機関「震災予防調査会」も、創立以来から関東大震災の発生に至るまでのあいだ、ほとんど予算が増えることがありませんでした。

福地信世のコメントを紹介した著者・武者金吉は続けます。

地震の予知をなし得なかったのは地震学者の怠慢ではなくして社会の罪である。社会は殆更に予知することが出来たかも知れぬ地震を予知せしめないよう仕向けて来たのである。所謂因果覿面（いんがてきめん）、自業自得である。自己の不明を棚に上げて独り地震学者を罵るは、猶（な）お天に向って唾をはき己れの顔に落ちたるを怒って傍人に喰ってかゝるが如く、寧ろ笑止千万である。

…と大層なお怒り具合でした。

… … …

福地信世（ふくちのぶよ）は、明治～昭和期の地質工学者・舞踊作家。
福澤諭吉と並び「天下の双福」と称された旧幕臣で維新後はジャーナリスト・新聞人（東京日日新聞社長）・劇作家・小説家として活躍した福地源一郎(福地桜痴・おうち)（1841～1906）の長男。

1877年（明治10年）7月15日、東京府東京市下谷区茅町（現・台東区池之端）生まれ。下谷小学校、東京府尋常中学校、第二高等学校（旧制）を経て、1900年（明治33年）東京帝国大学理科大学地質学科を卒業。大学院へ進学し、1905年（明治38年）古河財閥の古河鉱業会社に入社（技師）。後に東京帝国大学理学部講師を務め、旧満州、中国、南洋諸島、朝鮮平安北道（現北朝鮮）、東インド諸島（現インドネシア）などの地質調査を行った。1906年（明治39年）結婚し、東京本郷区元町（現・文京区本郷）に住み、1931年（昭和6年）古河鉱業を退社。鉱物学・地質学の調査研究を行う一方で、演劇・舞踊に通じ、1924年（大正13年）花柳舞踊研究会同人となり新舞踊運動を推進した。国民文芸会幹事、新舞踊会の顧問などを務め、舞踊「思凡（初上演1921年）」を制作し、舞踏家の藤蔭静枝（藤蔭静樹）らに提供した。1934年（昭和9年）5月22日死去。56歳。

1969年（昭和44年）東京大学の梶原良道（1940～）は、岩手県花輪鉱山から発見した新鉱物の名を大先輩の福地にちなみ「福地鉱（Fukuchilite）」と命名されている。

写真：福地信世 53歳頃（『福地信世遺稿集』(1943年)）