『 物質的に人を救うことは、その人の境遇と心持とで、割合に至難なことでもないが、精神的に救うことは、なかなか一朝一夕にはむずかしい。 』
松山 敏(1893~没不詳 / 編集者・詩人 出版社「人生社」を経営)
曰く―――。
《 救われる人間にも、種々な性格の所有者があれば、救う方の人間にも亦(また)、種々の異なる性格の持主があるのだから、救われる魂と、救う魂とが、融合一致するということは、滅多にないと言っていいくらいだ。
例えば十人の中、三人までは魂と魂とが触れて、心と心とが相通ずる位に、対手(あいて)の心持を解していても、何(ど)うかすると隙が出来てくる。
そうした場合、何(ど)うしても救うべき人は、絶対に対人的な心持を捨てて、すべてを神にささげる気持で、救う心を持たねばならぬ。》
格言は著書『生きんが為に(1926年)』の「人を救ふ心」より。
松山敏(まつやま さとし 本名:松山悦三)は、1893(明治26)年4月2日、宮崎県の “辺鄙な片田舎” で7人兄姉弟の6番目に生まれる。
祖父は村長を長く務めた人物だったが、父母の家は貧しかった。そのため、6歳のとき、一番上の姉に連れられて郷里をでてから18歳まではほとんど一家は離散状態だったという。このとき父は2番目の兄とともに他県へ赴き、母は実家へと移り、二人の姉は知らない他郷で暮らしたという。
小学校にあがってからは、家計を助けるため通学の合間を利用して豆腐売りをし、中学へ進学すると教会を通じて紹介された外国人の家で働きながら英語を学んだ。その後、ミッションスクールへと転校し、 1930(昭和5)年に36歳で東京外国語学校(後の東京外国語大学)を卒業したという。
東京へでて神田の金星堂の編集者を経て、1921(大正10)年に文芸雑誌『人間(東京玄文社)』の編集長を務め、多くの文豪らと交友した。この頃結婚し、長崎村(現・東京都豊島区)に暮らし、のちに二人の娘をもうけた。叔父の援助で出版社「銀皿社」を開業し、松山敏名義で詩集や詩の翻訳などの出版を行うが、間もなく会社は潰れ、1923(大正12)年に武蔵野郊外へと一家は引っ越しをした。ここで関東大震災(1923年9月1日)を経験する。
震災当時の様子を以下のように手紙にしたためている。
曰く―――。
《 震災の中から逃れ得た人たちの多くは、あの当時殆んど明日の生命をも保証することの出来ないほど、不安な状態にゐたことだけは申し上げて置きたいのです。
殊に幾日も幾日も余震と、それからそれへと伝へられた暴動の為めに、幾夜も寝なかった多くの人達には全く生きてゐるよりも、震災で死んだ方が幸福なやうに思はれたこともあった位でしたから。
けれども日を経るに従って、生き得た人々の喜びは悲惨を見聞するにつれて、無上の喜びを感じました。そして一日も早く自分達の無事な姿を自分達の身を案じて呉れてゐる人々に見せて、共に生き得た喜びを分ちたいと思ひました。同時に自分達の安全な地上の住家を求めたのでした。
そこで漸く徒歩連絡で、汽車が開通し始めたことを耳にすると間もなく、私達も住み馴れた東京を離れて、身内のもののゐる故郷の方へ遁れて来たのでした。その間一人身ですら艱難な旅路を、どんなに妻子を連れて苦労したか、それは想像に任せます。
兎に角今度の天災ほど、人間の肉体と心に大きな打撃を与へたものはありますまい。 》
(「大震災の思ひ出(1926年)」より)
その後も同人『銀皿』を刊行するなど活動、出版社「人生社」を設立し自身の著作を多く刊行した。戦中は西郷隆盛、乃木希典、東郷平八郎、ヒットラーやムッソリーニなど時局的著作を、戦後は夏目漱石や森鴎外、芥川龍之介、坪内逍遙、幸田露伴、島崎藤村、徳富蘆花など往年の作家たちとの思い出をつづった『明治・大正・昭和作家追想:一編集者の見た34人(1965年 現代教養文庫)』などを出版している。
松山敏「悲惨な残骸」(大正12年)
■「松山敏」「関東大震災」に関連する防災格言内の記事
徳富蘇峰(思想家・評論家 松山敏の敬愛する人物)(2009.07.27 防災格言)
徳冨蘆花(作家 蘇峰の実弟)(2011.09.12 防災格言)
田山花袋(作家 東京「金星堂」創業に関わる)(2017.04.10 防災格言)
夏目漱石(作家)(2012.04.09 防災格言)
森鴎外(作家)(2014.11.03 防災格言)
芥川龍之介[1](作家)(2008.08.25 防災格言)
芥川龍之介[2](作家)(2017.01.02 防災格言)
菊池寛(作家)(2012.03.26 防災格言)
斉藤茂吉(歌人)(2009.03.09 防災格言)
広津和郎(作家)(2012.07.23 防災格言)
大曲駒村(俳人・作家)(2012.08.27 防災格言)
加能作次郎 (小説家)(2016.5.16 防災格言)
水上滝太郎(小説家・実業家)(2015.07.20 防災格言)
野上弥生子(小説家)(2015.06.22 防災格言)
林芙美子(小説家)(2008.4.14 防災格言)
川村花菱(脚本家)・山村耕花(画家)(2010.2.22 防災格言)
内田百間(作家)(2010.3.8 防災格言)
鈴木三重吉(児童文学者)(2011.2.21 防災格言)
竹久夢二(画家)(2012.08.20 防災格言)
市島春城(随筆家・政治家 早稲田大学初代図書館長)(2018.06.04 防災格言)
本山彦一(実業家・大阪毎日新聞社長 貴族院議員)(2018.05.21 防災格言)
山田次朗吉 (剣客・直心影流第十五世)(2017.12.11 防災格言)
真野毅 (弁護士・裁判官 最高裁判所判事)(2017.09.25 防災格言)
佐多稲子 (小説家)(2017.08.28 防災格言)
野上俊夫 (心理学者 京都帝国大学名誉教授)(2017.08.07 防災格言)
大佛次郎 (作家)(2017.07.17 防災格言)
岸上克己 (社会運動家・ジャーナリスト)(2017.06.26 防災格言)
荻原井泉水 (俳人・随筆家)(2017.02.27 防災格言)
二木謙三 (内科医・細菌学者)(2016.11.14 防災格言)
山川菊栄 (婦人運動家・作家)(2016.11.07 防災格言)
池波正太郎(作家)(2012.06.18 防災格言)
横光利一[1](小説家)(2016.6.13 防災格言)
横光利一[2](小説家)(2016.7.25 防災格言)
長田秀雄 (詩人・劇作家)(2016.10.31 防災格言)
水野錬太郎 (官僚政治家 内務大臣)(2016.04.11 防災格言)
結城豊太郎 (銀行家 大蔵大臣・日本銀行総裁(第15代))(2016.12.05 防災格言)
横井弘三 (洋画家)(2015.11.23 防災格言)
三浦梧楼 (武士・陸軍中将)(2015.12.21 防災格言)
加藤久米四郎 (政治家・政友会 実業家)(2015.10.05 防災格言)
宮武外骨 (ジャーナリスト・著述家・文化史家)(2015.08.31 防災格言)
北澤重蔵 (実業家 天津甘栗「甘栗太郎本舗」創業者)(2015.08.24 防災格言)
土田杏村(哲学者・文明批評家)(2014.09.01 防災格言)
賀川豊彦(キリスト教社会運動家)(2014.10.20 防災格言)
南条文雄 (仏教学者・真宗大谷派僧侶)(2016.10.10 防災格言)
和辻哲郎 (哲学者・評論家)(2014.10.27 防災格言)
谷崎潤一郎(小説家)(2014.12.08 防災格言)
葛西善蔵(小説家)(2014.12.22 防災格言)
佐藤栄作(政治家)(2008.2.25 防災格言)
安河内麻吉(神奈川県知事)(2008.4.28 防災格言)
高橋雄豺(読売新聞主筆・副社長)(2018.06.11 防災格言)
今村明恒(地震学者)(2008.5.12 防災格言)
カルビン・クーリッジ(米大統領)(2008.5.19 防災格言)
清水幾太郎(ジャーナリスト)(2008.9.29 防災格言)
大和勇三(経済評論家)(2010.3.29 防災格言)
後藤新平 (政治家)(2010.4.26 防災格言)
永田秀次郎(関東大震災時の東京市長)(2015.01.05 防災格言)
馬渡俊雄 (関東大震災時の東京市助役 東京市社会局長)(2017.11.13 防災格言)
池田宏 (都市計画家)(2017.10.30 防災格言)
渋沢栄一(2013.03.18 防災格言)
大正天皇(2013.10.07 防災格言)
曾我廼家五九郎(浅草の喜劇王)(2010.6.7 防災格言)
東善作(冒険家)(2010.8.30 防災格言)
黒澤明(映画監督)(2014.02.17 防災格言)
北原白秋(詩人)(2014.01.06 防災格言)
ポール・クローデル(フランスの劇作家)(2012.12.17 防災格言)
植草甚一(評論家)(2012.06.25 防災格言)
林達夫(思想家)(2012.05.21 防災格言)
石原純 (理論物理学者)(2012.03.19 防災格言)
奥谷文智 (宗教家)(2011.11.28 防災格言)
佐藤善治郎 (横浜市の教育者)(2014.5.26 防災格言)
マーシャル・マーテン (横浜市ゆかりの英国人貿易商)(2014.06.23 防災格言)
山崎紫紅 (劇作家・詩人)(2016.12.12 防災格言)
平生釟三郎・川崎重工業社長(2009.11.02 防災格言)
和辻春樹(船舶工学者)(2013.01.21 防災格言)
内藤久寛(日本石油初代社長)(2014.08.18 防災格言)
渡辺文夫・東京海上火災保険会長(2013.11.25 防災格言)
松山基範 (地球物理学者 京都大学名誉教授)(2015.02.16 防災格言)
李登輝 (元・台湾総統)(2015.07.13 防災格言)
沢村貞子(女優・随筆家)(2018.01.15 防災格言)
寺田寅彦[7](物理学者)(2018.06.25 防災格言)
関東大震災十周年防災標語(2008.7.7 防災格言)
首都直下 ホントは浅かった 佐藤比呂志教授と関東大震災(2005.10.26 店長コラム)
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理