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山崎紫紅が関東大震災の時に遺した格言(劇作家)[今週の防災格言469]

time 2016/12/12

山崎紫紅が関東大震災の時に遺した格言(劇作家)[今週の防災格言469]


『 東京の災害は火事からである。
横浜の災害は地震からである。
東京は大火災である。
横浜は大震災である。 』

山崎紫紅(1875〜1939 / 明治の劇作家・詩人 歌舞伎作者)

格言は関東大震災(1923年)の手記『四人の骨を拾ふ』より。(出典「横浜市震災誌(横浜市市史編纂係 1926年)」収録)

震災時、戸部町(横浜市西区戸部町二丁目)の自宅で罹災。最初の揺れでは無事だったものの、その後の火災で自宅は全焼し、40年来収集してきた蔵書や原稿などは烏有に帰したという。家にいた長男と86歳の父と、78歳の母、そして、東京にいた次男は難を逃れたが、嫁ぎ先の長女とその一家四人は火災で亡くなっていた。

曰く―――。

《 第一次の地震が最も強く、第二次の俗に揺り返しというものが微弱であるということを信じていた私は、もうこの上に強いのがないと思ったので、当初いた座敷へ行こうとすると、驚いたことには、土蔵の影もない、滅茶に潰されてしまっている。座敷はゆがんだなりに、崩壊せぬまでも、床の間の板ははみ出して、掛物は落ち、床飾は狼藉になっている。私は蔵書室になっている西洋館を見ると、軒を並べた土蔵と同様の姿で、階上の客室も潰ぶれていた。

家族のものは、外へ出たようである。私も跡から往来へ出てみると、私の住んでいた戸部町の通りの町家は、僅かを残して、皆街路へと滑べり倒れていた。私はかくして我家の倒れずにいたのを、奇跡的にも感じ又喜んだ。

後になって考えると、この喜悦は極めて残忍なる浅ましい人間の心の現われであって、書くのも恥ずかしい次第であるが、事実だから仕方がない。こうして浅ましい心を知った。これが私の地震の恐怖の第一次なのである。 》

その後、四方から火が迫り、すぐ近くの伊勢山(※伊勢山皇大神宮)に一同は避難するが、山から見下ろせるところにあった自宅はこの二時間後に全焼してしまう。次第に火が迫り、伊勢山の大神宮拝殿や本社にも類焼したため、一同は死を覚悟したが、火の間隙をみて丘下へと逃れ、九死に一生を得たという。

《 生きた木の燃ゆる音の凄さ、私達は機樹の枝を持って、自他の荷物に降りかかる火の子を叩き消していたものの、もうだめだ。

乙と一緒に三十間ばかりも後ろへかえると、潰ぶれたばかりでいた大神宮の社務所へと火がついた。前後左右、四方を全く火に囲まれた。

「南無妙法蓮華経」と、続けざまに老女の声がした。老人の夫婦は狭い坂の中途を、上へも下へも免れもやらず、題目を唱えていた。この時に吹き捲くった旋風の恐ろしさ、火の海、火の空気、私はもういかぬと覚悟した。

「こんなところで死ぬのか、口惜しいな。」下方を見ると、森の木に繋がっている四五頭の馬が躍りあがって叫んでいる。

「馬がまだ死なぬ。あそこを突っ切れ。」

こうして乙と私とは、先きに上がった丘下へ出た。後で思えば恐ろしい事だが、その当時は夢中であった。

《中略》

明日になると、東京から次男も帰ってきたが、別家(※嫁いだ長女一家四人)の人々の消息は一向に知れない。そこで私達はこう思った。親子四人の者は養子の里へと避難したものに違いない。それにしても老人がいるのに、どうして尋ねて来ないのか。

来ぬのが道理である。彼等の悉くは、その住家の中で一同灰塵になっていた。彼等の死の明らかになったのは三日であって、四人の亡骸は、合せて小さな瓶の中へ入るほどに焼けていた。

《中略》

死の原因は、出場を失なって焼死したのか、一層ひと思いに撲たれて死んだか、何れにしても火は早かったそうであるから、無った命であったらしい。嘆きもしなかった。涙も出なかった。だが、死骸をつくづく見られなかった。

その翌日末吉橋(※鶴見川)付近で、二百五十有余人の重なりあった死骸を見た。こんなになって死ぬのよりは、私の家族は仕合せであるとも思って見た。他人の死を見て、せめてもの慰めにする私の心は残忍である。

朝鮮人が来襲すると云って、代り代り鉄棒や、竹槍を持って、寝ずの番をする、怪しいものを見ると、言分けも聞かずに撲殺する。食うものに迫って、倉庫から食糧米を掠奪するのを、当然の処置に感じる生活欲、焼けた死骸を心にもかけず、その傍らに数日を送った自我心、実に恐ろしい。

私は思う、地震・火事の恐怖は非常なものである。しかも、その災害に原由して生ずる人間の心の奥を発揮する。その残忍さは実に自然の破壊よりも一層の恐怖である。 》

山崎紫紅(やまざき しこう)は、神奈川県横浜市西区戸部生れの劇作家。本名は小三。はじめ「文庫」「明星」の詩人として活躍し、明治35(1902)年の長編叙事詩「日蓮上人」で高山樗牛の推薦をうけ、明治38(1905)年の処女戯曲「上杉謙信」が新派の俳優・伊井蓉峰により上演され人気を博してより劇作を多く書き、明治40(1907)年「歌舞伎物語」が2代目市川左團次に上演され史劇作家としての地位を確立した。関東大震災を機に劇作から遠ざかり、横浜市会議員や神奈川県会議長などをつとめた。昭和14(1939)年12月22日、65歳で死去。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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