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茂木清夫(1929~2021 / 地震学者・火山学者 元地震予知連会長)の著書『考え直そう、地震防災』の名言 [今週の防災格言709]

time 2021/07/26

茂木清夫(1929~2021 / 地震学者・火山学者 元地震予知連会長)の著書『考え直そう、地震防災』の名言 [今週の防災格言709]

『 地震はいつおこるかわからないことを銘記し、これを単なる作文に終わらせてはならない。 』

 

茂木清夫(1929~2021 / 地震学者・火山学者 地震予知連会長 東京大学名誉教授)

 

格言は、著書『考え直そう、地震防災(岩波ブックレットNo.485)』(岩波書店 1999年)より。

曰く―――。

十数年前に『読売新聞』の「防災特集」に防災空間の重要性について書いたが、その中で次のような趣旨を述べた。

「超過密都市東京では、都市空間が地震災害を防ぐのに極めて重要であることはすでにたびたび指摘されていることである。先年われわれ(地震予知連絡会、関東部会)は、近年減りつつある都市部の公共有地を早急に確保すべきであるとの提言を行なった。ところが昨今、民活のためとして、都市部の国公有地を積極的に民間へ払い下げているということであるが、これは首都東京の長期的防災対策にとって、まことに致命的なことである。」

…(中略)…

私は地震直後(※阪神淡路大震災=1995年)、ヘリコプターで現地の被災状況を調査したが、阪神地区が六甲山地と大阪湾の間の狭いベルト状の地域にある超過密都市であることをあらためて認識した。さらにその後、明石の方から歩いて調査に入ったが、多くの被災者が狭い避難地で苦難の日々を送っているのを見て、防災空間ともいうべきものがほとんどなかった状態をあらためて確認した。建物もぎっしりと密集して建っているので、地震で破壊しなかった建物が、隣の建物の倒壊のために大破するという状況も少なからず見られた。

…(中略)…

神戸からヘリコプターで東京に近づくと、首都圏の広大さと、それがほとんど家で埋めつくされていることを実感した。しかも、空間らしい空間としては皇居と明治神宮、新宿御苑、上野公園ぐらいという、超過密の状態にあることを見て、あらためて慄然とした。この首都圏の地下ではユーラシアプレートの下に、太平洋プレートとフィリピン海プレートが年間数センチメートルの速さでもぐりこみ、衝突し合っていて、地震をおこす歪みエネルギーが着々と蓄積されている世界有数の地震頻発地なのである。地震が全くおこらないロンドンやパリなどの諸外国の大都市では大きい公園が街の中にいくつもあるという状況を見るにつけ、日本の大都市にこそ、こういう空間が必要なのに、思わざるをえない。

二年ほど前(※1997年)に、新総合土地政策要綱が閣議で決定された。その中で、大都市圏で防災上危険な密集市街地を質の高い市街地にするため、老朽木造建築物の除去、建て替えの促進を図れるような法制化が盛りこまれた。 …(中略)… 阪神大震災による死者の多くが老朽木造家屋の倒壊によるものであり、このような木造建築物の密集地が首都圏をはじめとする大都市になお多く存在する現状を見れば、まことに適切な対策であり、税制などの優遇処置によって強力に推進すべきことである。

とは言え、すべてが破壊しつくされた阪神の被災地においてさえ、都市計画が思うように進行していない所がある。これは人々が土地への強い愛着をもち、その地域全員の同意を得ることが、いかに難しいことであるかを示している。それを震災にあっていないほかの地域で実施することは、容易なことではないかもしれない。しかし、この問題は阪神大震災を経験して得た大きな教訓であり、種々の優遇策、支援策によって緊急に実行すべきことである。地震はいつおこるかわからないことを銘記し、これを単なる作文に終わらせてはならない。

ただし、前述の新総合土地政策推進要綱では、規制緩和による土地取引の活性化を助長し、土地の有効活用をはかるとしている。したがって、これによって、かえって過密化が助長されるおそれがある。そのようなことがないようにするとともに、この地価下落の時期に、できるだけ防災空間をふやすことを積極的に推進すべきであると思う。

 

茂木清夫(もぎ きよお)先生は、東海地震(南海トラフ巨大地震)が起るかどうかを判断する地震防災対策強化地域判定会(判定会)会長(第3代 1991年~1995年)や、地震予知連絡会委員(1973年~2001年)及び地震予知連絡会会長(第3代 1991年~2001年)を歴任した地震学および地震予知の第一人者。

1969年(昭和44年)に静岡県沖の駿河湾に大地震が迫っているという「東海地震説」を提唱し、東海地震予知のよりどころである地震直前に発生するとされる「プレスリップ(前兆すべり)」を1982年(昭和57年)に発表した。
1991年(平成3年)に判定会会長に就任。東海地震発生の警戒宣言が発令された場合に、物流が止まり、経済活動が停止することで経済的損失が発生するため、白でも黒でもない“灰色情報”を新設し、経済活動が続けられるようにする必要性を本格的に訴え始めた。
しかし、阪神淡路震災直後の1996年(平成8年)、東海地震の警戒宣言発令の判定方法を巡る不満(灰色の選択肢がないこと)を世に問うために自ら判定会会長と判定会委員を辞任した。政府の地震予知方針に対し「予知には不確実な要素も多く、百パーセント起こるか起こらないか、の二者択一は現実的でない」として、その「不確実性(灰色問題)」を考慮しない国の対応を批判し続け、また、東海地震想定域の真上に建つ「浜岡原発」の危険性にも言及した。
2003年(平成15年)に政府の中央防災会議で大規模地震対策特別措置法(大震法)に基づく地震防災基本計画が修正され、このとき、茂木が訴えてきた“灰色”の「注意情報」が初めて新設されることになった。

1929年(昭和4年)12月28日、山形県谷地町南町(現河北町谷地)に生まれる。旧制寒河江中学(現山形県立寒河江高等高校)、旧制山形高等学校(現山形大学)を経て、1953年(昭和28年)に東京大学理学部地球物理学科を卒業。三菱鉱業(現三菱マテリアル)入社を経て、1954年(昭和29年)東京大学助手、1969年(昭和44年)東京大学教授に就任。東京大学地震研究所教授・同研究所所長を歴任し、1990年(平成2年)退官し日本大学生産工学部教授。
2021年(令和3年)6月6日、誤嚥性肺炎により千葉県習志野市内の病院で死去。91歳。





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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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