防災意識を育てるWEBマガジン「思則有備(しそくゆうび)」

田中貢太郎(1880~1941 / 小説家・随筆家 代表作『日本怪談全集』)の関東大震災で罹災した際の随筆『死体の匂い』の名言 [今週の防災格言704]

time 2021/06/21

田中貢太郎(1880~1941 / 小説家・随筆家 代表作『日本怪談全集』)の関東大震災で罹災した際の随筆『死体の匂い』の名言 [今週の防災格言704]

『 火災を免がれた東京駅付近の大建築物が、地震の損害を受けていても魏然ぎぜんとして立っているのが非常に頼もしそうに思われた。 』

 

田中貢太郎(1880~1941 / 小説家・随筆家 代表作『日本怪談全集』)

 

格言は、著書『貢太郎見聞録』(大正15年12月)収録の『死体の匂い』より。

関東大震災(大正12年(1923年)9月1日)では、茗荷谷(東京都文京区)の自宅二階にいる時に罹災。幸い妻と子供ともども無事だったが、その後の余震で近隣の寄宿舎の庭へ一時避難したという。
この『死体の匂い』は、発災直後に田中貢太郎が被服廠跡地を訪ね歩いた際の見聞録である。

十万人を超える震災の死者・行方不明者のうち、一度に三万八千人もの人たちがまとまって亡くなった場所が、当時の「陸軍被服廠(ひふくしょう)跡地」と呼ばれる広い空き地で、ここは、今では「横網町(よこあみちょう)公園」(東京都墨田区横網)として知られている。

地震から四時間後に火災旋風(火の竜巻)が発生し、この被服廠跡地に避難していた約四万人の人たちを飲み込んだ。風速十七メートルの猛烈な風と凄まじい猛火が襲い、ほとんどの人が逃げる間もなく焼け死んだ。この猛火が鎮火したのは二日後の9月3日午前10時頃という。亡くなった三万八千人は公園内でそのまま火葬にされ、遺骨は横網町公園内に建てられた納骨堂(三重塔)や慰霊堂に安置された。

 

曰く――。

広っ場の中は一めんの死体で、ちょうど沖から帰って来た漁師が思い思いに海岸へ魚の盛りをこしらえて、仲買人の来るのを待っている時のように、人の盛りをこしらえてあった。それは二三十人ぐらいに見える所もあれば、百人ぐらいに見えるような所もあった。

・・・(中略)・・・

私は右の手で手拭を持ってそれで口と鼻とを掩うて、左斜に広っ場を突き切るつもりで歩いた。私は一つ一つ死人を見ていては気持が悪くなって歩かれないと思ったので、一箇所に眼を留めずにして進んだ。溺死人のように脹れあがった者、腐った魚のように半身がどろどろになった者、黒焦げになった者、そうした死体が二町四方もあろうと思われる所を掩うて見えた。子供の死体もたくさん交っていた。女の死体の半焦げになった傍に小さな一団(かたまり)の消炭のような物を置いてある所があった。私はそれは女の負ぶっていた子供の死体であろうと思った。
風は正面から吹いていた。すこしでも手拭の覆いに隙ができると恐ろしい臭気が鼻を刺した。私はもう斜めに突き切るのが厭になったので、右の方の死体の少ない方に反れ反れして走った。

・・・(中略)・・・

私は公園の山のベンチに腰をかけて、上野の山を眼界にして左右にひろびろと広がった白い焼野原を見ながら、花屋敷の前で買って来た梨の実を噛かじった。鼻のどこかにまだ死体の厭な匂いが残っているような気がした。

 

田中貢太郎(たなかこうたろう)は、高知県出身の作家で、伝記、紀行文、随想、情話物、怪談・奇談、中国古典・経書(論語等)など多岐にわたる作品を著した。代表作には『田中貢太郎見聞録』『旋風時代』『日本怪談全集』『支那怪談全集』『聊斎志異(翻訳)』などがある。

明治13年(1880年)3月2日、高知県長岡郡三里村仁井田(現・高知市仁井田)に生まれる。生家はかつて土佐藩御用達の船問屋だったという。小学校を3年で中退したのち漢学塾に通い、母校・三里尋常小学校の代用教員や高知実業新聞社記者を経て、明治36年(1903年)上京。郷里の先輩で西大久保に住んでいた大町桂月(1869~1925 / 詩人・歌人)を訪ね、終生桂月に師事した。他にも、郷里高知県出身の先輩である田岡嶺雲(1870~1912 / 文芸評論家)、奥宮健之(1857~1911 / 社会運動家・幸徳事件(大逆事件)で処刑)、幸徳秋水(1871~1911 / 思想家・幸徳事件(大逆事件)で処刑)や、田山花袋(1872~1930 / 作家)らと交流する。
明治44年(1911年)処女作『四季と人生』を出版。中央公論主幹の滝田樗陰(1882~1925)に認められ雑誌『中央公論』に情話物や怪談話などを掲載。昭和4年(1929年)から東京日日新聞・大阪毎日新聞で連載した実録風長編小説『旋風時代』で成功し、大衆小説家としての地位を築いた。また、怪談物の収集と再著作に努め、その総数は約五百編に及んだ。晩年となる昭和9年(1934年)に文壇の大御所菊池寛に抗し、同人『博浪沙』を主宰し、井伏鱒二・尾崎士郎・田岡典夫・富田常雄・榊山潤・浜本浩ら多くの後進を育てた。
昭和15年(1940年)取材で帰郷中に安芸の小松屋旅館で吐血し、病に倒れる。その後療養していたが、病状が悪化し、昭和16(1941年)2月1日、郷里(現在の高知市種崎、生家の近所)で死去。62歳。没後、第3回菊池寛賞受賞。



■「関東大震災」に関連する防災格言内の記事
内田魯庵(評論家・翻訳家・小説家・随筆家)(2019.09.23 防災格言)
正宗白鳥 (小説家・劇作家・評論家)(2018.09.17 防災格言)
鈴木三重吉(児童文学者)(2011.2.21 防災格言)
松山 敏(松山悦三 / 編集者・詩人)(2018.07.30 防災格言)
市島春城(随筆家・政治家 早稲田大学初代図書館長)(2018.06.04 防災格言)
本山彦一(実業家・大阪毎日新聞社長 貴族院議員)(2018.05.21 防災格言)
山田次朗吉 (剣客・直心影流第十五世)(2017.12.11 防災格言)
真野毅 (弁護士・裁判官 最高裁判所判事)(2017.09.25 防災格言)
佐多稲子 (小説家)(2017.08.28 防災格言)
野上俊夫 (心理学者 京都帝国大学名誉教授)(2017.08.07 防災格言)
大佛次郎 (作家)(2017.07.17 防災格言)
岸上克己 (社会運動家・ジャーナリスト)(2017.06.26 防災格言)
荻原井泉水 (俳人・随筆家)(2017.02.27 防災格言)
二木謙三 (内科医・細菌学者)(2016.11.14 防災格言)
山川菊栄 (婦人運動家・作家)(2016.11.07 防災格言)
加能作次郎 (小説家)(2016.5.16 防災格言)
芥川龍之介(小説家)(2008.8.25 防災格言)
水上滝太郎(小説家・実業家)(2015.07.20 防災格言)
野上弥生子(小説家)(2015.06.22 防災格言)
林芙美子(小説家)(2008.4.14 防災格言)
川村花菱(脚本家)・山村耕花(画家)(2010.2.22 防災格言)
内田百間(作家)(2010.3.8 防災格言)
大曲駒村(俳人・作家)(2012.08.27 防災格言)
竹久夢二(画家)(2012.08.20 防災格言)
広津和郎(小説家)(2012.07.23 防災格言)
池波正太郎(作家)(2012.06.18 防災格言)
菊池寛(1888~1948 / 小説家・劇作家・ジャーナリスト)(2012.03.26 防災格言)
横光利一[1](小説家)(2016.6.13 防災格言)
横光利一[2](小説家)(2016.7.25 防災格言)
長田秀雄 (詩人・劇作家)(2016.10.31 防災格言)
水野錬太郎 (官僚政治家 内務大臣)(2016.04.11 防災格言)
井上準之助 (銀行家 大蔵大臣・日本銀行総裁(第9、11代))(2018.12.03 防災格言)
結城豊太郎 (銀行家 大蔵大臣・日本銀行総裁(第15代))(2016.12.05 防災格言)
横井弘三 (洋画家)(2015.11.23 防災格言)
三浦梧楼 (武士・陸軍中将)(2015.12.21 防災格言)
加藤久米四郎 (政治家・政友会 実業家)(2015.10.05 防災格言)
宮武外骨 (ジャーナリスト・著述家・文化史家)(2015.08.31 防災格言)
北澤重蔵 (実業家 天津甘栗「甘栗太郎本舗」創業者)(2015.08.24 防災格言)
土田杏村[1](哲学者・文明批評家)(2014.09.01 防災格言)
土田杏村[2](哲学者・文明批評家)(2019.10.07 防災格言)
賀川豊彦(キリスト教社会運動家)(2014.10.20 防災格言)
南条文雄 (仏教学者・真宗大谷派僧侶)(2016.10.10 防災格言)
和辻哲郎 (哲学者・評論家)(2014.10.27 防災格言)
谷崎潤一郎(小説家)(2014.12.08 防災格言)
葛西善蔵(小説家)(2014.12.22 防災格言)
佐藤栄作(政治家)(2008.2.25 防災格言)
安河内麻吉(神奈川県知事)(2008.4.28 防災格言)
高橋雄豺(読売新聞主筆・副社長)(2018.06.11 防災格言)
今村明恒(地震学者)(2008.5.12 防災格言)
大森房吉(地震学者)(2019.04.29 防災格言)
カルビン・クーリッジ(米大統領)(2008.5.19 防災格言)
清水幾太郎(ジャーナリスト)(2008.9.29 防災格言)
大和勇三(経済評論家)(2010.3.29 防災格言)
後藤新平 (政治家)(2010.4.26 防災格言)
永田秀次郎(関東大震災時の東京市長)(2015.01.05 防災格言)
馬渡俊雄 (関東大震災時の東京市助役 東京市社会局長)(2017.11.13 防災格言)
池田宏 (都市計画家)(2017.10.30 防災格言)
渋沢栄一[1](幕臣 官僚・実業家・教育者 日本資本主義の父)(2013.03.18 防災格言)
渋沢栄一[2](幕臣 官僚・実業家・教育者 日本資本主義の父)(2019.07.15 防災格言)
大倉喜八郎(実業家 大倉財閥の創設者 従三位男爵)(2020.08.03 防災格言)
大正天皇(2013.10.07 防災格言)
曾我廼家五九郎(浅草の喜劇王)(2010.6.7 防災格言)
東善作(冒険家)(2010.8.30 防災格言)
黒澤明(映画監督)(2014.02.17 防災格言)
北原白秋(詩人)(2014.01.06 防災格言)
ポール・クローデル(フランスの劇作家)(2012.12.17 防災格言)
植草甚一(評論家)(2012.06.25 防災格言)
林達夫(思想家)(2012.05.21 防災格言)
石原純 (理論物理学者)(2012.03.19 防災格言)
奥谷文智 (宗教家)(2011.11.28 防災格言)
佐藤善治郎 (横浜市の教育者)(2014.5.26 防災格言)
マーシャル・マーテン (横浜市ゆかりの英国人貿易商)(2014.06.23 防災格言)
ミカエル・A・ステシエン(1857~1929 / 在日宣教師・ルクセンブルグの神父・キリシタン研究者)(2020.12.21 防災格言)
山崎紫紅 (劇作家・詩人)(2016.12.12 防災格言)
平生釟三郎・川崎重工業社長(2009.11.02 防災格言)
和辻春樹(船舶工学者)(2013.01.21 防災格言)
内藤久寛(日本石油初代社長)(2014.08.18 防災格言)
渡辺文夫・東京海上火災保険会長(2013.11.25 防災格言)
松山基範 (地球物理学者 京都大学名誉教授)(2015.02.16 防災格言)
李登輝 (元・台湾総統)(2015.07.13 防災格言)
沢村貞子(女優・随筆家)(2018.01.15 防災格言)
寺田寅彦[7](物理学者)(2018.06.25 防災格言)
寺田寅彦[9](物理学者)(2019.06.24 防災格言)
寺田寅彦[10](物理学者)(2020.08.31 防災格言)
西條八十(童謡詩人・作詞家)(2018.09.03 防災格言)
道重信教(浄土宗僧侶 増上寺第79代法主・大僧正)(2018.10.22 防災格言)
名和靖(昆虫学者 名和昆虫研究所創設者)(2019.05.20 防災格言)
小川琢治(地質学者・地理学者 京都帝国大学教授)(2019.09.09 防災格言)
高橋浩一郎(気象学者 気象庁長官(第5代) 筑波大学教授)(2019.10.14 防災格言)
小野蕪子(小野賢一郎)(俳人・小説家・陶芸評論家・ジャーナリスト)(2020.11.16 防災格言)
田中貢太郎(1880~1941 / 小説家・随筆家 代表作『日本怪談全集』)(2021.06.21 防災格言)
関東大震災十周年防災標語(2008.7.7 防災格言)
首都直下 ホントは浅かった 佐藤比呂志教授と関東大震災(2005.10.26 店長コラム)

 

著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,備蓄,防災グッズ,非常食
みんなの防災対策を教えてアンケート募集中 非常食・防災グッズ 防災のセレクトショップ SEI SHOP セイショップ

メルマガを読む

メルマガ登録バナー
メールアドレス(PC用のみ)
お名前
※メールアドレスと名前を入力し読者登録ボタンで購読

アーカイブ

人気記事