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市島春城(早稲田大学初代図書館長)が関東大震災で罹災した経験から発した言葉より[今週の防災格言545]

time 2018/06/04

市島春城(早稲田大学初代図書館長)が関東大震災で罹災した経験から発した言葉より[今週の防災格言545]

『 この大災が一般に与えた教訓は実に大なるものがあった。 』

市島春城(1860~1944 / 随筆家・政治家 早稲田大学初代図書館長)

関東大震災(1923年)を経験した感想から。
(出典:「春城談叢(昭和17年)」収録の随筆「大震災の思ひ出」)

曰く―――。

《 青天の霹靂などの形容では足らぬ、天井裂け地維(ちい)砕くとでも云うべきか、往年の大地震の事を思うと、いまなお余悸(※消えぬ恐怖の意)を感ずる。 (・・・中略・・・) 実にこの大災に会して木造家屋の頼りないことを感じ、大火災の場合避難の余地の少ないのに感じ、警視庁消防署の頼む可(べか)らざるを知り、家什珍宝(※かじゅうちんぽう=高価な家具)の惜しむに足らざるを覚(さと)り、幾十年積み重ねた文化を亡ぼすは必ずしも戦争に由(よ)らざることを悟り、文化と原始その相反するに拘らず実は合壁(がっぺき)両隣であることを会得し、恐るべきは暴政よりも劫火なることに心づき、破滅あってこそ復興もありと意を強(し)ふし、燼余(※じんよ=燃え残り)には貴賤もなく貧富もなく皆同等であることを教える等、この大災が一般に与えた教訓は実に大なるものがあった。 》

との感慨をしたためている。

市島春城の関東大震災は早稲田大学(新宿区早稲田鶴巻町)の構内ではじまった。
高田早苗(当時の早稲田大学総長)と坪内逍遙(文豪・当時早大教授)と大事な打合わせをした後、大隈会館の食堂へ向かい――――

《 三人食卓につき、まさにフォークを執らんとする刹那、卒然大激震が起った。 》

大きな揺れに驚き、

《 三人は匆惶(そそくさ)フォークを投じて、跣足(はだし)で庭の草生に降り立ったが、最早(もは)や草生に大亀裂を認めた。 (・・・中略・・・) 草生に避けた三人は不安を感じつゝ、身を起して築山に辿り就き、巨木の下に立った。これは樹根の蟠屈(ばんくつ=木の根が入り組んでいるの意)で、地の亀裂がないと庶幾(しょき=心から願うこと)したのであったが、樹の動揺が甚だしいので、身を寄せていても無気味で溜まらなかった。そのうちに大学方面に火災が起ったが、あとでそれは理科のラボラトリーから、薬剤の動揺から発火したことがわかった。 》

三人は自動車に乗り込み、鶴巻町から江戸川筋へ向かう。倒壊した家々や沿道の惨状をみて、家族の様子が気になった春城は、ここで両人と別れて牛込区東五軒町(現新宿区)の自宅へと向かった。

《 家族はみな無事であるので安心したが、家はあちらこちら破損して、玄関の屋根が崩れており、座敷の縁の硝子戸が悉く庭に倒れ、床の間の壁は破れておるなど目もあてられぬ惨状であった。 》

相次ぐ余震に屋内は危険と感じ、前庭に畳三枚を敷いて家族で寄り合う中で、東京全土が火の海という報道を聞く。余震と火災に怯えながら不安の一夜を明かしたが、翌日も余震は止まず、都下の火災も終息しなかった。

《 徒(いたず)らに坐して延焼を待たんより、差し当たり身を托する所は早稲田大学のほかなしと、勇を鼓して大学を訪うてみると、学校創立の頃大隈候にち由って建られた大講堂の四周の煉瓦(レンガ)の崩壊しているのに一驚を喫した。 》

大学からの帰途、路上に遺棄されている大八車をみつけ拝借した。

《 これぞ天の与えるところと、その車を自分自から家に引き帰ったのは延焼の際荷物を運搬せんためと考えたからであった。生れてから車を引いて市内を歩いたのはこの時が始めである。 》

結局、自宅の牛込区は、幸いにも火災の延焼を免れ無事だったという。

市島春城(いちしま しゅんじょう / 本名:市島謙吉)は、大隈重信の知遇を得て立憲改進党や東京専門学校(早稲田大学の前身)の創設に関わった人物。新潟新聞・読売新聞の主筆、早稲田大学初代図書館長・理事となり、高田早苗、坪内逍遙らとともに草創期の早稲田大学を支えたことで知られる。

安政7(1860)年、越後有数の豪農である市島家の分家として、越後国北蒲原郡(現新潟県阿賀野市)に生まれる。幼少期から漢学、英語など英才教育をうけ、明治7(1874)年に上京して東京英語学校(現東京外国語大学)に入学。明治11(1878)年、東京大学文学部に入学し、同級の高田早苗、坪内逍遥らと知り合った。在学中に父の事業が失敗し東大を中退した後、大隈重信(1838~1922)に従い小野梓(1852~1886)と立憲改進党の設立に参画した。地元越後で新聞社を立ち上げ、後に新潟新聞でもジャーナリストとして健筆をふるった。明治23(1890)年、第1回衆議院議員総選挙に立憲改進党から出馬するが落選。読売新聞社に入り、高田早苗の後を継いで主筆となった。明治27(1894)年の第4回衆議院議員総選挙で初当選し、以降、明治34(1901)年に病気で辞職するまで衆議院議員を3期務めた。高田早苗の勧めもあって、早稲田大学初代図書館長に就任。大正6(1917)年の早稲田騒動で辞任するまで図書館蔵書の拡充に奔走、また大学経営にも積極的に参加し名誉理事としてその発展に貢献した。昭和14(1939)年4月21日、脳溢血で倒れ死去。84歳。

なお、関東大震災では焼失を免れた牛込の自宅は、春城の死の翌年の東京大空襲で全焼した。
市島春城

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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