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荻原井泉水が著書『大地に嘆く』に記した格言(随筆家)[今週の防災格言480]

time 2017/02/27

荻原井泉水が著書『大地に嘆く』に記した格言(随筆家)[今週の防災格言480]


『 平生、都会に住んでいる私達は
色々の物の価値を軽く見ていた。
生活に必要な物はいつでも
金と代えられることとタカをくくっていた。
それが今はそうではなくなった。 』

荻原井泉水(1884〜1976 / 俳人・随筆家 俳誌『層雲』を創刊)

格言は日記『大震雑記』(著書「大地に嘆く(新作社 大正13年)」収録)より。関東大震災(1923年)の翌々日(9月3日)の記述から。

義兄から、自宅の近隣(麻布十番通り)の店が開いており「食うべき物は早く求めなければ忽ち売切れるであろう」と注進され、すぐさま買物に出かけた時の感想。

曰く―――。

十番通りの商家には倒潰したものが少なくなかった。家は傾かずとも商品は乱されていた。その内で食料品だけは、その乱れたままの商品を手当りに売っていた。人々が手当りに買ってゆくからだった。何を欲しいなどと、選り好みをしている場合ではなかった。缶詰、干魚、梅干など、見当たるままのものを、私も買い求めた。妻から塩を頼まれたが、酒屋には塩はなく、薬種屋で食塩の一ポンド詰を買った。「坊や」のためにキャラメルを頼まれたが、幸に僅かに二箱を得ただけで品切という事だった。米屋ではとうに売切の札を出していた。私は取りつけの店で、玄米五升(白米はないので)を譲って貰った。

平生、都会に住んでいる私達は色々の物の価値を軽く見ていた。生活に必要な物はいつでも金と代えられることと”たか”をくくっていた。それが今はそうではなくなった。米もない、味噌もない、水でさえも、水道のとまった今は遠くまで汲みに行かねばならなかった。一杯の水さえも貴重なものになった。凡ての物は、その物自身が自然に有すべき価値を認識せしめたのである。都会人は平生、余りに自然を蔑ろにして、驕慢にすぎていたのである。

荻原井泉水(おぎわら せいせんすい)は、大正から昭和に活躍した俳人。河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)と共に新傾向俳句を志し、明治44(1911)年に現在も刊行が続く文芸誌『層雲』を創刊する。後に、季語や定型を廃した自由律俳句を提唱し、尾崎放哉や種田山頭火など多くの門人を育てた。

明治17(1884)年6月16日、芝区神明町の雑貨商「新田屋」の次男として生まれる。本名は荻原幾太郎、のちに藤吉。小学校時代から俳句に親しみ、芝公園の旧制正則尋常中学(現正則高等学校)に入学するが、教育指導に異議を唱えた学校新聞を発行したことから退学処分となる。不良学生らを受け入れていた麻布中学校へと編入学してからは、酒や煙草をやめて勉強に真面目に取り組み、明治34(1901)年に旧制第一高等学校(現東京大学教養学部)に入学し、角田竹冷の秋声会、岡野知十の半面派に関係し、後に正岡子規の日本派に参加し一高俳句会を起こした。明治38(1905)年、東京帝国大学言語学科に入学。河東碧梧桐の新傾向俳句運動に参加し『層雲』にその新理論を発表、さらに季題無用論を唱えたことで意見を異にする碧梧桐が同誌を去り、以後は同誌を主宰した。

関東大震災(1923年9月1日)では、自宅(麻布宮村町:現在の東京都港区元麻布)近所の医者の家からの帰り道で大きな揺れに遭遇。その時の様子を以下のように語っている。

『 空は好く晴れて、残暑の強い日の正午近くであった。 《中略》 ふと、足許に或る不安定を感ずる刹那、四肢には”あやつり”の糸をかけられたように、身体は自分の意志を離れた奇妙な踊をはじめた。それでも、全くの人形ではなく、身体が傾倒するのを踏みこたえようとするだけの力を出し得た時には、大地が激しく震動している事が解った。私の右手には長屋建の低い家が並んでいたが、瓦ががらがらとなだれ落ちると共に、屋根土が煙をなして襲いかかった。左手の古い二階家は、裸の男を一人、ぺっと路上に吐き出すとぐさりと傾いてしまった。続いて、左右の家から人々が飛出した。
《中略》
地面はまだ揺れていたが、私は、そこから二三丁しか離れていない家へ向って急いだ。初め激動を受けた時、扇を使っていた其儘の扇を使いながら、行逢った知人と、「随分大きな地震でしたね」などと挨拶しあう程、その時はもう往来に立っている人達も私も、驚駭の中から自分を取戻していた。付近よりも軟弱な地盤の上に建ててある私の家は、どうかと案じられた程もなく、少しく傾いただけであった。 』

震災当日の9月1日は、大きな余震が続いたため、倒壊の不安から草原に出て露宿したという。翌9月2日には、大火災により妻の里(義兄一家)が避難して来る。

『 彼等をも我身をも容るゝ家ある事を喜ぶばかり 』
(俳句集「皆懺悔」(春秋社 昭和3年)より)

9月6日には知り合いを見舞うために外出するが、丸の内、日本橋、銀座、芝と『 何処も一面の焦土なり 』と述べ、9月14日に再び外出し本所深川辺を見学した時は 『 被服廠跡には白骨の破片積みて貝殻の山の如く、溝に女の毛髪漂ひて藻の如し 』 と感想をしたためている。

震災直後の10月28日に妻桂子が、翌年に母が亡くなると一時仏道を志し、京都の禅宗寺院東福寺の塔頭に寄寓、以降各地への行脚旅が多くなったが、昭和4(1929)年の再婚を機に鎌倉の地へと移り住み、昭和51(1976)年5月20日、脳血栓で鎌倉山ノ内の自宅で永眠。享年92。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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