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山川菊栄が著書『おんな二代の記』に記した格言(評論家)[今週の防災格言464]

time 2016/11/07

山川菊栄が著書『おんな二代の記』に記した格言(評論家)[今週の防災格言464]


『 人間何が幸になるかわからないものだとつくづく感じました。 』

山川菊栄(1890〜1980 / 婦人運動家・評論家・作家 代表作「武家の女性」)

格言は著書『おんな二代の記(東洋文庫203 1972年)』の「天災と人災」より。

関東大震災の混乱で社会主義者が狙われるなか、殺害される者もあれば、自分達家族のように助かるのもいる。後日、菊栄は、自分たち山川夫妻(山川均・菊栄夫妻)も官憲から狙われていたことを人づてに聞くこととなる。菊栄は、第一次共産党事件で市ヶ谷に収監されていたため、震災時に軍の手の届かない獄中にいて助かった堺さん(堺利彦・日本社会党)や、多勢が一ヶ所に避難したため、一度に虐殺されてしまった平沢計七や河合義虎を例にあげ、

《 結局私たち親子三人は天災と人災とをともにまぬがれ、一時に二度命びろいをした 》

と述懐している。

助かった理由は、大森の自宅の地盤が弱いうえに、手ぬき工事の安ぶしんだったことから、揺れで瞬時に家が倒壊し、結果的に、自分たち一家が一時的に所在不明となり、同志友人も官憲も探しだすことができなかったからだという。

《 大正十二年九月一日、大地震で私たちの大森の家は瞬時に全壊、その夜は庭に戸板をもち出し、その上につぶれた家の中から運び出した畳をしき、カヤをつって、避難やらみまいやらでゴチャゴチャ集まった人たちもいっしょに、虫の声にとりまかれながら、野宿をしました。東の空は真赤で、どこまでもえひろがっていることかと市内の様子を案じながら、昼間の疲れに寝入りました。私の家の近所は、まだ田畑の多い、静かな田舎で、ふるいすすけた農家でもつぶれ家はなく、火事も出ず、従っておだやかでした。》 (「大震災と「天譴」〜つぶれた家の庭を襲ったデマ」より)

関東大震災の日は、倉敷(※夫・山川均の岡山の実家)から届いた白桃を知人へ届けようと、子供連れででかけていた途上に、札の辻(※東京の三田付近)のレストランで食事中に大きな揺れに遭遇した、という。

《 子供の好物のチキンライスを注文し、子供が一さじ口へ近づけた瞬間、突然卓上のコップが地上になげだされ、棚のビン類は滝のように床の上に流れおちました。私は子供をかかえて道路にとびだすと、町も、家も、一面きいろい煙幕をかぶったよう。大波小波がうちよせるように、荒くこまかく、大地がゆりあげ、ゆりおろす毎に、もののくずれる音、倒れる響き、そして人々の泣き叫ぶ声々が一つになり、潮のようなどよめきになって町を満たしました。砂けぶりの奥から、人にたすけられて血に染まった白シャツの男が危く歩いて来る。右に左に走る人々の中にまじって私も子供の手をひいて慶応前までいくと、奥山夫人(※三田の町医者・奥山伸の夫人:奥山先生は山川菊栄のかかりつけ医だった)が手伝いの婦人たちをつれて出ておられました。夫人は大垣の人で、濃尾大地震(※1891年)の経験者なので、頭には座ぶとんをのせ、食糧難にそなえてアンパンの大きな袋をかかえておられ、なかなか用意のいいことでした。私はもっていた白桃をここで献上し、パンをいくつか頂戴して札の辻まで帰り、川のように新橋の方から逃げて来る人の流れ、車の流れに立ちつくすほかありませんでしたが、たぶん最後のものだったらしいバスにのってやっと品川へたどりつきました。線路は飴のように曲って電車は不通、回復の見こみがたたないというので品川から、これも最後だったらしいお百姓の馬力にのせて貰いましたが、その車にのり合わせた人々から、市の中心部で自分の見ただけでも七ヵ所から火が出ていたとか、三越もやけている最中だとか、自分は白木屋にいたのだが、女子供はおりるまでに火にまかれたろうとか、あちこちでどんな風にして人が死んでいたとか、とにかく東京は全滅だというすごい話をはじめて聞きました。私の通った所は家も半潰程度でそうひどくなく火事もなかったので、それほどとは思わなかったのです。三時すぎにやっと家に帰りました。 》 (「天災と人災」より)

山川菊栄(やまかわ きくえ)は、婦人開放運動の先駆者の一人として知られる人物。

1890(明治23)年、東京の麹町区四番町(現九段)生まれ。父は海外経験をもつ官吏、母は弘道館の教授を務めた水戸藩儒学者の娘で東京女子師範卒という開明的な家庭に育つ。女子英学塾(現津田塾大学)在学中に婦人運動に目覚め、26歳のとき社会主義者の山川均と結婚。1921(大正10)年、日本で最初の社会主義婦人団体「赤瀾会」を結成。「廃娼論争」「母性保護論争」「社会主義論争」「産児調節論争」「無産政党女性綱領論争」「労働組合婦人部論争」など多くの論争に参加した。
1947(昭和22)年、神近市子や平林たい子らと「民主婦人連盟」を結成し、夫婦で日本社会党に入党。労働省に勤め、初代・労働省婦人少年局長となり女性と年少労働者の保護・福祉行政に奮闘した。1953(昭和28)年には日本社会党婦人部と雑誌「婦人のこえ」を創刊(1961年終刊)、1962(昭和37)年に田中寿美子らと婦人問題懇話会を発足させ、終生、日本社会党と婦人問題懇話会に属して執筆活動を行い、婦人問題研究や後進育成にも尽力した。
関東大震災後は、兵庫県(垂水と御影)に転居。1926(大正15)年、鎌倉の稲村ヶ崎に新居を構えたが、1936(昭和11)年に自活の道として「うずら園」経営を考え、住宅地から農村の鎌倉郡村岡村(現藤沢市村岡)に移転し、1980(昭和55)年11月2日、89歳で死去。 著書「幕末の水戸藩」で第2回大仏次郎賞受賞(1975年)。

山川菊栄と母千世(昭和5年5月)

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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