本山彦一（1853～1932 / 実業家・大阪毎日新聞社長）が関東大震災に際して社員へ告諭した名言 [今週の防災格言543]

『今や関東に於て未曽有の災禍ありて、人心の転帰を別せんとする機に臨めり、人多くは裸一貫となり、奢侈安逸（しゃしあんいつ）を許さず、唯（ただ）奮闘努力あるのみ。』

本山彦一（1853～1932 / 実業家・大阪毎日新聞社長貴族院議員）

格言は関東大震災直後の大正12（1923）年11月1日に発表した大阪毎日新聞社員への告諭文より。

曰く―――。

凡（およ）そ非常の時に当りて、個人若（もし）くは団体の神気は期せずして極度の強勇を発揮すると同時に、亦（また）意外の弱点をも曝露するものなり。

今回の大震大火に際して、東西（大阪毎日新聞と東京日日新聞）の職員諸君が、或（あるいは）は通信に、或は防火に、或は又各自本当の任務にそれぞれ奮闘努力せられし事は、余の風に認めて感謝する所なるも、之と同時に又遺憾とする点もあらざりしにあらず。是れ余が此時に際して戒告し、以て諸君の反省を促さんと欲する所以なり。

第一に、東西社員の意思疎通、事務の連絡に不十分なりし事是なり。
第二に、東西社員を通じて士気弛緩の兆ある事これなり。

今や関東に於て未曽有の災禍ありて、人心の転帰を別せんとする機に臨めり、人多くは裸一貫となり、奢侈安逸（しゃしあんいつ＝何もせず不相応に過ごす事の意）を許さず、唯（ただ）奮闘努力あるのみ。

故に事務は簡潔明瞭、事業は勇往邁進（ゆうおうまいしん＝目標に向かって恐れることなく前進するの意）、此気風の今や広く人々の胸中を支配しつつあるを見聞す。

本山彦一（もとやまひこいち / 号は松陰）は、大阪毎日新聞社長として東京日日新聞を買収・合併し、毎日新聞社が全国紙として発展する基をつくった新聞経営者。

嘉永6（1853）年、熊本藩士・本山四郎作の長男として肥後国熊本城下（現熊本市中央区）に生まれる。熊本の藩校「時習館」で学び、明治4（1871）年に上京して箕作秋坪（みつくりしゅうへい）の私塾「三叉学舎」に学んだ。福沢諭吉の知遇を得て、明治9（1876）年に「慶應義塾」に入学、のち慶應義塾大学予科を卒業。明治11（1878）年に兵庫県の学務・勧業課長、明治14（1881）年に神戸師範学校校長、明治15（1882）年に時事新報に入り、中上川彦次郎（三井財閥中興の祖で福沢諭吉の甥）の下で会計責任者（会計局長）を務めた。大阪財界の重鎮の藤田財閥・藤田伝三郎に認められ明治19（1886）年に藤田組支配人となると、山陽鉄道会社の創立などに尽力し、山陽鉄道常議員を兼務しながら大阪財界に推されて明治22（1889）年に大阪毎日新聞相談役に就任し経営に参画する。明治36（1903）年、大阪毎日新聞社長（第5代）に就任すると商業主義による近代化を掲げ、明治39（1906）年には東京に進出、明治44（1911）年に東京日日新聞を買収しこれを合併、亡くなるまで29年にわたり毎日新聞社を主宰し、戦後日本を代表する全国紙へと発展させた。昭和5（1930）年には貴族院議員に勅選され、昭和7（1932）年12月30日、79歳没。従四位・勲一等瑞宝章追贈（1932年）。
大阪毎日新聞本山彦一翁・昭和3年（76歳）
本山彦一翁・昭和3年（76歳）