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寺田寅彦の晩年の随筆『災難雑考』で述べられた将来の大地震への警句と名言(1878~1935 / 物理学者・随筆家)[今週の防災格言585]

time 2019/03/11

寺田寅彦の晩年の随筆『災難雑考』で述べられた将来の大地震への警句と名言(1878~1935 / 物理学者・随筆家)[今週の防災格言585]

『 地震の研究に関係している人間の目から見ると、日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもので、しかも、そのつり橋の鋼索があすにも断たれるかもしれないというかなりな可能性を前に控えている 』

 

寺田寅彦(1878~1935 / 物理学者 随筆家 俳人)

 

昭和10年(1935年)5月6日、大垣高等女学校(現・岐阜県立大垣北高等学校)の生徒たち201人が、修学旅行先の伊豆半島(静岡県)にある「つり橋」の中央付近で記念撮影をしていると、突然つり橋がぐらぐら揺れだし橋が崩落、70名ほどの生徒もろとも渓谷へと落下した。
幸い死者はでなかったものの、女学生12人が重傷、42人が軽傷を負い、修学旅行も取りやめとなった。

この事故は連日のように新聞紙面を賑わし、世評では、引率の先生の責任を追及する声、強度不足の橋を架けた地元への非難や、事故原因究明を急ぐべきなど様々であった、という。

それら記事に触れた寺田寅彦は随筆『災難雑考』を同年7月に中央公論に発表し、プレートのぶつかり合う日本列島を「つり橋」に例え、明日にも起こるかも知れない大地震に警鐘を鳴らした。

このなかで、責任追及よりも、災難の真因を究明し同じ原因による事故で犠牲者を出さないことが大事と述べながらも、真相を明らかにして一般に知らせれば災難は無くなるかというと、それは「机上の空想に過ぎない」と論じ、寅彦は、結局なんの結論も出ない、このまとまらない考察は《 楽観的な科学的災害防止可能論に対する一抹の懐疑である 》と結んだ。

寅彦は、この随筆を書いてから半年後の昭和10年(1935年)12月31日に病により永眠。57歳であった。

 

曰く―――。

こういう災難に会った人を、第三者の立場から見て事後にとがめ立てするほどやさしいことはないが、それならばとがめる人がはたして自分でそういう種類の災難に会わないだけの用意が完全に周到にできているかというと、必ずしもそうではないのである。
早い話が、平生地震の研究に関係している人間の目から見ると、日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもので、しかも、そのつり橋の鋼索があすにも断たれるかもしれないというかなりな可能性を前に控えているような気がしないわけには行かない。
来年にもあるいはあすにも、宝永四年または安政元年のような大規模な広区域地震が突発すれば、箱根(※実際の事故は箱根ではなく伊豆堂ヶ島)のつり橋の墜落とは少しばかり桁数(けたすう)のちがった損害を国民国家全体が背負わされなければならないわけである。
つり橋の場合と地震の場合とはもちろん話がちがう。つり橋はおおぜいでのっからなければ落ちないであろうし、また断えず補強工事を怠らなければ安全であろうが、地震のほうは人間の注意不注意には無関係に、起こるものなら起こるであろう。
しかし、「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。
そういう見地から見ると大地震が来たらつぶれるにきまっているような学校や工場の屋根の下におおぜいの人の子を集団させている当事者は言わば前述の箱根つり橋墜落事件の責任者と親類どうしになって来るのである。
ちょっと考えるとある地方で大地震が数年以内に起こるであろうという確率と、あるつり橋にたとえば五十人乗ったためにそれがその場で落ちるという確率とは桁違いのように思われるかもしれないが、必ず しもそう簡単には言われないのである。

…(中略)…

大津波が来るとひと息に洗い去られて生命財産ともに泥水(どろみず)の底に埋められるにきまっている場所でも繁華な市街が発達して何十万人の集団が利権の争闘に夢中になる。いつ来るかもわからない津波の心配よりもあすの米びつの心配のほうがより現実的であるからであろう。
生きているうちに一度でも金をもうけて三日でも栄華の夢を見さえすれば津波にさらわれても遺憾はないという、そういう人生観をいだいた人たちがそういう市街を造って集落するのかもしれない。
それを止めだてするというのがいいかどうか、いいとしてもそれが実行可能かどうか、それは、なかなか容易ならぬむつかしい問題である。
事によると、このような人間の動きを人間の力でとめたりそらしたりするのは天体の運行を勝手にしようとするよりもいっそう難儀なことであるかもしれないのである。

…(中略)…

こういうふうに考えて来ると、あらゆる災難は一見不可抗的のようであるが実は人為的のもので、従って科学の力によって人為的にいくらでも軽減しうるものだという考えをもう一ぺんひっくり返して、結局災難は生じやすいのにそれが人為的であるがためにかえって人間というものを支配する不可抗な方則の支配を受けて不可抗なものであるという、奇妙な回りくどい結論に到達しなければならないことになるかもしれない。
理屈はぬきにして古今東西を通ずる歴史という歴史がほとんどあらゆる災難の歴史であるという事実から見て、今後少なくも二千年や三千年は昔からあらゆる災難を根気よく繰り返すものと見てもたいした間違いはないと思われる。少なくもそれが一つの科学的宿命観でありうるわけである。

…(中略)…

日本人を日本人にしたのは実は学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よく続けられて来たこの災難教育であったかもしれない。もしそうだとすれば、科学の力をかりて災難の防止を企て、このせっかくの教育の効果をいくぶんでも減殺しようとするのは考えものであるかもしれないが、幸か不幸か今のところまずその心配はなさそうである。いくら科学者が防止法を発見しても、政府はそのままにそれを採用実行することが決してできないように、また一般民衆はいっこうそんな事には頓着(とんちゃく)しないように、ちゃんと世の中ができているらしく見えるからである。


寺田寅彦先生

その他、寺田寅彦の防災格言
国家を脅かす敵として天災ほど恐ろしい敵はないはずである
科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
天災は忘れた頃来る
ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。
戦争はしたくなければしなくても済むかもしれないが、地震はよしてくれと言っても待ってはくれない。
「知らない」と「忘れた」とは根本的にちがう。
大正十二年のような地震が、いつかは、おそらく数十年の後には、再び東京を見舞うだろうということは、これを期待する方が、しないよりも、より多く合理的である。
地震の研究に関係している人間の目から見ると、日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもので、しかも、そのつり橋の鋼索があすにも断たれるかもしれないというかなりな可能性を前に控えている
文明がすすむほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防護策を講じなければならないはずである
文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す。

■「寺田寅彦」に関連する防災格言内の記事
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<防災格言編集主幹 平井敬也 拝>

 

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