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水野錬太郎が関東大震災の時に遺した格言(関東大震災時の内務大臣)[今週の防災格言434]

time 2016/04/11

水野錬太郎が関東大震災の時に遺した格言(関東大震災時の内務大臣)[今週の防災格言434]


『 電燈は点かず、水道は止まっているという始末なので
庭にテーブルを持ち出し、蝋燭の淡い光の下で諸種の
案を作らしめ省議を開いたのである。 』

水野錬太郎(1868〜1949 / 官僚・政治家 関東大震災時の内務大臣)

関東大震災が発生する8日前。1923(大正12)年8月24日、時の首相である加藤友三郎が在任中に急逝、日本は首相不在という異常事態の中で大災害を迎えることとなった。外相の内田康哉(うちだ こうさい)が臨時に内閣の首相を務め、水野錬太郎内務大臣ら内閣の閣僚は首相官邸の植込みの中で閣議を開いたという。

格言は回想録『関東大震災を懐ふ―復興した新帝都を見て(著書「我観談屑(1930年)」収録)』より。

曰く―――。

《 当時、自分は内務大臣在職中であって、その時は丁度、霞ヶ関の大臣官邸二階の部屋で秘書官の加藤久米四郎君と対談中であった。囂然(ごうぜん)たる震動と同時に室内にある書棚は倒れ、書物は抛(ほう)り出されて散乱し、未だ曾(かつ)て見ざる大激震であった。併しその時は普通の地震の少し大きい位に思って話を続けていたのであるが、秘書官が、階下へ下がりましょう、地震は少し大きいといったので自分も椅子を離れた。

この瞬間である、天井に吊られていたシャンデリアがホンの今まで坐っていた前の机の上にガタンと落下した。もし自分達が椅子を離れるのが少しく遅かったならば、我々の頭上にあのシャンデリアが落ちて、少なくとも頭部或は顔面に負傷をしていたのである。が幸いにも一瞬間早く椅子を離れたのでこの難を免れることが出来た。それより直ちに階下に下り、各部屋を廻って庭園に出でなお続いて来る動揺に気を揉んでいた。

このとき、第一に頭に浮んだ事は宮中のことであった。がこの時の自分の服装は白の詰襟服であったので、フロックと着換えねばならぬと思い、早速高輪の自邸へフロックを取り寄せるべく電話を掛けさせた所が不通であるというので、直ちに自動車を走らせたが、何しろあの当時の事とて自動車も色々の困難にブツ突かったが、漸(ようや)く自邸に至り所用の品を持って来たので、それと着替えて宮中に参内した。《 中略 》

そして直ちに臨時閣議を永田町の総理大臣官邸で開くべく各大臣は参集したのである。各所よりの報告も交通通信機関が杜絶したので一向に詳しい情報を得難く、さほど大きな災害とも考えてはいなかったのであるが時々刻々と伝え来る警視庁からの報告を聞き、なお止まざる振動に憂慮しつゝ、その対策を考えながら官邸屋内では危険だというので、庭にテーブルを出して閣議を続けていたという状態であった。

引続く各所の火災は遂に官邸の隣、支那公使館をも火焔の内に包んだ。隣りの火災を気にしながら、この大地震の災害に対する適当なる処置を講じなければならなかったその時の光景こそ誠に悲愴であった。

この騒々しい内にあって各閣僚共に慎重に協議をした。先ず第一に相談した事は大震災に対しての救護のことであるが、未だ震災区域もはっきり分らず、災害の状態も詳しい事は一向に知れなかったので、纏った対策はできなかった。先ず何をおいても罹災民への食料を供給することが先決問題なので取り敢えず救護に対する費用の臨時支出を大蔵大臣と相談して九百八十万円の予備金支出を決定した。更に臨時救護事務局管制の案を、法制局長官に命じて起草せしめた。

この両件を決定して自分は内相官邸に戻り省員を臨時に召集して応急の処置を取ることを相談した。時は夜に入ったが、電燈は点かず、水道は止まっているという始末なので庭にテーブルを持ち出し、蝋燭の淡い光の下で諸種の案を作らしめ省議を開いたのである。今でも思い出すが、その夜はかなり風があったので机の上に立てた蝋燭の火も時々消えて、真っ暗になるのでマッチを用意し、点火する主任を定めたという有様で、その任を仰せつかった人をローソク事務官と呼んでいた。

各員共に昼間から食事を取る暇さえなく、水も呑まず、徹宵して応急の処置を取ったのである。又自分は災害の状況を視察するため、警視総監と共に市内を視察するため自動車で官邸を出て神田橋より須田町、上野、方面へ行くつもりで神田橋を越したが、それより先は火焔濛々、その熱に耐えかねたので、止むなく自動車を捨てヽ、歩行した。
道々の状態を見てあまりにも大きな災害であったのに驚いた。
東京市中の米蔵庫も殆んど焼けてしまい、深川の陸軍糧秣庫も火焔に見舞われたという報告を受けたので、関西方面より米、その他の食糧品を得るの手筈を採らんとしたが電話電信何れも不通のため海軍省の無線電信で大阪府に打電し、その用意を命じた。更に翌日に至って市民の恐怖動揺は益々募り、このまヽに捨ておく時はどういう結果を導くかもしれないので、この際戒厳令を敷いて人心を落ち付かせる必要があると信じ、緊急勅令を以て救護法と戒厳令を施行しようとしたのである。

緊急勅令は枢密院に御諮詢(しじゅん)になる必要があるのであるが、当時枢密院顧問官の所在も解らず召集するの暇もない。しかし議長にだけでもと思って大森に居られた議長清浦奎吾子(きようら けいご)にこの事を話すべく使を送ろうとしたが大森への交通も杜絶しているというので、止むなく内田臨時総理大臣と共に濱尾副議長、伊東顧問官の私邸を訪ねかかる事情で枢密院に諮(はか)る暇がないから内閣の責任を以てこの勅令を発布したいという事を述べた。両氏とも止むを得ざる事情を了解せられたので、その案を携えて内田臨時総理大臣と共に赤坂離宮に参内して、御裁下を得たという次第であった。 》

水野錬太郎(みずの れんたろう)は、東京出身の官僚政治家。内務官僚を経て、寺内正毅内閣で後藤新平内相の下で内務次官。原敬内閣では朝鮮総督府政務総監。加藤友三郎内閣では内相、清浦内閣では内相兼復興院総裁を歴任。勲一等瑞宝章(1914年)、正三位(1922年)、旭日桐花大綬章(1938年)など。


画像はwikiより

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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