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関東大震災99年 教訓は生かされたのか? ~火災被害に焦点を絞って~【後編】| 廣井悠(東京大学教授)講演録

time 2023/04/24

関東大震災99年 教訓は生かされたのか? ~火災被害に焦点を絞って~【後編】| 廣井悠(東京大学教授)講演録
写真:講演(online)の様子/ 廣井教授(右))


1923年(大正12年)9月1日、首都圏を襲った未曽有の大災害“関東大震災”から99年目を迎えた今年(2022年9月)、都市防災を専門とされていらっしゃる東京大学大学院の廣井悠教授にご登壇いただき、「関東大震災99年」をテーマに、当時の被害の状況や、多くの教訓について解説をいただきました。講演録を「前編」「後編」二回にわたってお届けします。 [※ 前編 は こちら]
(講演日:2022年9月27日 19:00-20:30 / 主催:麹町アカデミア×SEISHOP / 場所:SEISHOP市ヶ谷ショールーム)


関東大震災99年 教訓は生かされたのか?
– 火災被害に焦点を絞って -【後編】

講演者:廣井悠(東京大学大学院 教授)

目 次


 

都市は安全になっているのか?

先ほど(※前編を参照)申し上げましたように、火災の被害、特に市街地火災や地震火災の被害というのは、出火点の多さ、それから延焼のしやすさ(燃えやすさ)、消しやすさ(消防・消火のしやすさ)、逃げやすさ、避難のしやすさ、この4つの変数で大抵決まると考えられます。そこで、出火、燃焼、消火、避難の4つの変数を取り上げて、それぞれ99年前と今とを比較してどうなっているかということを考えたいと思います。

 

都市は安全になっているのか? ①出火

99年経って、都市は安全になっているのか?―――ということを考えてみます。
出火については、これは内閣府の検討会の資料より引用しておりますが、基本的に地震時は火災が起きやすいことが知られています。なぜかというと、いわゆる火源、電気の火花みたいな火源と着火物が同一空間内で重なりやすいからです。これは、絵(本棚がストーブに倒れる絵)が典型的ですけれども、普段だったら離れているものがいろいろな環境要因の変化によって重なりやすくて火災が起きやすくなるわけです。

まず出火について現在と99年前を比較しますが、出火は、悪くなっている可能性があります。ただ、よく分からないのが正直なところです。なぜかというと、99年前の火の使い方と今の火の使い方が全然違うのです。99年前、関東大震災時の東京の出火原因は、多い順に竈、七輪、火鉢、薬品、瓦斯ということですが、竈がある家は、今は少ないですよね。また、お昼時だったという時間帯の要因もあってなかなか参考にはしづらい。では27年前の阪神・淡路大震災はどうかというと、不明が多いですけれども、電気が結構多い傾向にあります。

では、10年ほど昔の東日本大震災はどうかというと、これは私が火災学会の調査メンバーとして調べたのですが、津波があるので、なかなか判断が難しいのですが、やはり電気が多い。ろうそくも結構多いのですけれど、津波を除けば電気火災が多い、ですから今の火災原因は、断定はできませんけれど、電気がメインになるのではないかと思います。

さて、なので出火原因を比較することは難しいのですが、出火率というもので比較したのがこちらです。


出火率はどう変わったか

東日本大震災の出火率

熊本地震の出火率
熊本地震の出火率

われわれは、1万世帯当たりの出火件数を出火率と定義して評価することが多いのですが、関東大震災の東京市では震度6地域を取り出すと出火率は1万世帯当たり2件です(2.0)。
阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の震度7地域は、これは分母が違いますけれども、神戸市で3.0。中越地震では1.2件と言われています。もちろん出火率というのは時刻と季節によって違いますし、それぞれ分母は違いますが、東日本大震災では、少なくとも、津波火災や津波の来た場所を除いて震度6強以上の地域は、0.4件ぐらいです。

熊本地震(2016年)は、データが小さいのですけれど、震度7地域を見ますと0.3とか0.7件ですね。
これが正しいとすると、出火率はやや減っていると言えるかもしれません。
それぞれ、震度、波の形や季節や時刻があるために一概には言えないのですが、出火率自体は減っている可能性があります。ただ一方、現代都市は世帯の数がかなり増えています。なので、出火という点ではもしかしたら悪くなっているかなと私は考えています。

地震火災というのは通電火災とよくいわれますね。大きな地震が起きるとTwitter等で善意の方々の「 通電火災に気を付けてください 」のようなツイートが流れます。

私は通電火災というよりも、むしろろうそく火災のほうが危ないのではと思っています。
というのも、東日本大震災でも、それから2018年の胆振東部地震でもそうだったのですけれども、ろうそく火災が沢山発生しています。
ろうそく火災というのは、東日本大震災では38件あったのですが、実に東日本大震災の地震火災(398件)の10分の1がろうそく火災なのです。
何でろうそく火災がこの21世紀にこんなに多いのかというと単純で、キーワードは停電なのです。

停電すると多くの方は不安になります。すると、明かり取りのためにろうそくを使うのです。そしてそのろうそくが余震で倒れてそれで火災が起きて亡くなる。東日本大震災でもろうそく火災で人が亡くなっていますし、北海道胆振東部地震(2018年)でも同様の火災が発生しています。

ろうそく火災というのはわれわれの意識次第で防げる火災なので、私は地震対策としてLEDランプみたいなものを買っておくというのがとても重要だと思います。ろうそくは、使っては駄目と強くは言いにくいのですが、最低限、ろうそくを使って明かり取りをしながら寝るのは避けてほしい。なので、同様にツナ缶ランプというのも結構危なっかしいと思っていまして、地震が起きたらツナ缶ランプが良いと言う方がいるのですが、風水害だったらいいかもしれないですね、揺れないので。
ですが、地震災害にツナ缶ランプを使うというのを私はお勧めしません。ツナ缶ランプの作り方を学ぶ暇があったら、私はLEDランプを買っておくほうがいいかなと思います。

ここまで見てきましたように、ろうそく火災対策というのはまず第一歩として、とても重要です。

それから、これも新しい出火要因なのですけれども、非常に残念なことに、非常用電源設備から出火しています。
どういうことかというと、熊本地震でも2件、東日本でも2件発生していますが、非常用電源設備というのは停電したら電気がつきます。大きく揺れると電線が破断したり、揺れで可燃物(燃えやすい物)が熱を持っている物(電源)の近くに移動したりと屋内環境が変わるのです。とても残念なのが、非常用発電機をちゃんと準備している(まじめな)ところが自動通電火災状態になってしまっています。
非常用電源設備から火災の可能性を認識していただき、非常用電源設備を使われている企業の方、世帯の方はくれぐれもお気を付けください


中高層建築物からの出火

それから、中高層建築物からの出火も多いです、これは東日本大震災のデータなのですけれども、地震火災というのは密集市街地の中で火災が発生し、じわじわ燃え広がってみんなが逃げるというイメージを持たれている方が多いと思うのですが、確かにそれは間違っていないのですが、空中で発生している地震火災も多いのです。空中で発生しているというのはどういうことかと言うと、ビルの中で発生しているという事です。東日本大震災ではさまざまな火災が発生しましたが、揺れに直接的に起因する火災の中で約4割が4階以上の建物で発生しています。

ですから、ちょっと怖いのが、大きな揺れが起きて、例えば、ビルの中で、特にタワーマンションや業務地域のビルには多くの方がいらっしゃいますよね。下層階から出火してしまって逃げられなくなるということが恐ろしく、そういう新しい火災の起き方、関東大震災とは違う起き方としての中高層建築物からの出火についても気を付けないといけないということが言えます。

なぜ地震時の空中での火災が怖いのかと言うと、実は、ビルの火災安全性能をきちんと担保してくれている消火設備や防火設備が揺れて壊れる可能性があるからです。

例えば、平時だったら、下層階で大きな火災が起きても、スプリンクラー、それから煙の充満を防ぐような排煙だとか、あるいは防火戸や防火シャッターが我々を守ってくれるので、逃げることができるのですけれども、スプリンクラーが壊れたりすると、延焼や煙の影響が深刻になる前に逃げられなくなってしまう可能性もあります。そういう中高層建物で地震火災が起きてしまったら、しかも帰宅困難者対策で、これは私にも責任がありますが、最近は都心部の従業員は「建物にとどまれ」という方針を取っているところもありますから、震災時ビル火災のようななことも起こるのではないかと危惧しております。この辺りが注意していただきたい点です。

大きな地震が起きてビルの中にとどまるのであれば、建物、躯体のチェックだけではなくて、防火性能、あるいは消火設備のチェック、火災が起きたときにちゃんと逃げられるかどうかというチェックをしてください

例えば、仙台市消防局さんが調べたデータなのですが、東日本大震災の仙台駅を中心とする3km圏内の耐火建築物49施設を調査したらスプリンクラーが半分ぐらい使えなかったそうです。壊れたり様々な原因で水が出なかったり、つまりスプリンクラーが機能しないということです。
これが関東大震災の時にはなかった現代市街地での火災の問題点の一つなのではないかと考えています。都市部であればあるほどこの問題が大きくなってきます。

実際、確か阪神・淡路大震災でもビルの中に閉じ込められて火災で亡くなった方がいらっしゃるというのは、聞いていますので、そういう意味ではこの点も大都市では重要な課題です。つまり、過去のビル火災が地震時に再現される可能性もあるかもしれないと私は考えています。

ということで、出火についてまとめますと、火災件数は増加しています。
関東大震災は東京市のみですが、134件、阪神・淡路大震災は285件です。東日本大震災は398件です。

一方で、首都直下は運が悪いと何百件台の後半くらいが予想されています。都市化が進めば進むほど出火数は多くなりますので、火災件数はおそらく増加しているとみてよいかもしれませんし、新しい出火要因、延焼リスクみたいなものも出る可能性がありますので、ちょっと悲観的に考えて関東大震災よりも悪くなっているのではないかと私は考えます。

 

都市は安全になっているのか? ②延焼

そもそも地震時というのは建物が壊れたり開口部が壊れたり瓦がずれたりして火災が燃え移りやすいのですけれども、震災前の東京は、ほとんどが木造ですね。これは燃えるだろうと思います。

では、今の市街地はどうなのかというと、基本的に市街地延焼のメカニズムというのは、炎の接炎と輻射熱、いわゆる熱の伝導の3タイプの一つである輻射。それから、気流内の温度上昇と火の粉と飛び火。この辺りが影響して市街地延焼が起きるろいわれています。特に輻射熱の影響は、建物と建物の距離によっては大きいのではないかと考えられます。


最近の建物の耐火性能はどうなのか?

これは、糸魚川の市街地の火災の調査をした時に私が撮った写真なのですけれども、最近の建物は関東大震災の時と比べてかなり燃えにくくなっていると言っていいと思います。特に壁が頑張っていて、開口部、窓等から火が入ってしまうと当然に火災が起きてしまうのですが、左下の写真では、窓が生きていたので、外は焦げていますけれども、中は燃えていないと思うのです。

ですから、延焼速度を比べると関東大震災の一番速い時は1時間当たり800mだったわけですが、現代市街地ではどれくらい減るのかということを実際に計算してみました。計算の根拠ですが、東京消防庁さんが延焼速度を計算する式をつくっています。東消式2001という式なのですけれども、風速6m/sと仮定して、それぞれの江戸時代の神田、関東大震災前の浅草、昭和40年の京島、平成の京島、代表的な密集市街地の建蔽率、道路率、木造率、防火造率、準耐火率、耐火率というのをこの東消式2001という延焼速度式に入力して、それぞれの時代の風速6m/s時の延焼速度を計算しました。

火災は初期と時間がたってからで随分と延焼速度が違うのですが、初期だけ見ても震災前の浅草は大体1時間当たり60m/h、平成の密集市街地(京島)では1時間当たり40mに減りました。出火してから3時間後、震災前の浅草は120m/hですが、平成の京島は58m/hです。なので半分くらいになりました。

つまり、ここで私が言いたいことは、現代都市が燃えなくなったわけではなくて、単純に燃える速さが3分の2から半分ぐらいになったということです。都市が燃えないように錯覚している人も多いのですが、そんなわけはなくて密集市街地などなど、燃えるところはまだまだ燃えるんだ、ただ燃え広がりの速度は半分くらいになっているよね、ということが言えると思います。



糸魚川市大規模火災(2016年)の延焼範囲(推定)(※下絵は googleマップ より引用)

これは何かというと糸魚川(新潟県)の大規模火災(2016年)の延焼範囲です。
緑色のところが糸井川の避難勧告が出たところで、赤のところは延焼範囲です。南側のこの丸のところが出火点のラーメン屋さんです。これを見ると、風は、皆さんから見て下側から上側に、つまり南側から北側に南風が吹いているわけで、この出火点からわかりやすく風向に沿って北のほうに燃えていますね。右がそれぞれの飛び火の場所と燃え方なのですけれども、これは私が災害直後に調査したものなので、正確なものは建築研究所の報告書などをご覧ください。

さて、このように一気に燃えてしまった糸魚川の密集市街地ですが、建物密度はと言うと1ha当たり30棟とか40棟ぐらいです。東京や大阪や京都の重点密集市街地というのは、もちろん建物面積は違いますけれども、1ha当たり50棟60棟くらいです。したがって、糸魚川よりももっともっと延焼しておかしくない。しかも、糸魚川の市街地の出火点は1個なわけです。また、平常時の火災なので、例えば、建物が揺れて壊れて、開口部、つまり窓が壊れてその中から飛び火が入るとか、瓦がずれてそこから飛び火が入るなどはなかったわけです。
揺れの被害を受けていない1点の火災ですらこんなに燃えてしまったということは、まだまだわれわれの使っている市街地は、(もちろん東京の都心部の本当にほとんどRC構造のビルだったらともかくとして、)火災リスクを解決しきれていないんだということが分かると思います。

ところで、飛び火についてですが、糸魚川では飛び火がかなりあったのですけれども、これは関東大震災の飛び火の図です。
赤がさっきの延焼した火災で、この鳥の足みたいなのが飛び火です。いっぱい飛び火していますね。


延焼火災と飛び火火災(関東大震災)

当時の建物は、屋根や建物自体が木でできていることで、当然、飛び火が飛ぶとそこで着火して燃えます。今は木でできた屋根というのは少ないので飛び火の影響もないのではないかと、少なくとも私は考えていたのです。
ですので、糸魚川で飛び火が、確認しただけでも13点発生して、ああやっぱり現代市街地でもまだまだ飛び火はあるのだな、ということを改めて認識しました。飛び火の問題は、地震時だけではなかったんですね。われわれには分からないことがいっぱいあります。ですから、飛び火の被害も、関東大震災ほどではないとはいえ、ケアしないといけない現象と言えるかもしれません。

基本的に、飛び火は昔によく研究されたテーマで煙突や機関車、蒸気機関車の近く、大体50mから150mぐらいのところに飛び火が多かったといわれています。飛び火は、強風下では遠くまで飛んで、過去には何百mぐらい先まで飛ぶということもいわれています。

糸魚川の時も、2人だったか、電気屋さんが屋根に上って、飛び火警戒といって飛び火が来たらそれを消すということをしていたのですけれども、多くの飛び火が発生してしまったわけですが、そういう飛び火警戒のような活動を住民がどれだけできるかが重要で、いまは飛び火警戒の文化が失われているので、延焼はちょっと警戒が必要です。
なので、現代都市は99年前に比べてだいぶ燃えにくくなっているのですけれども、まだまだ安心するわけにはいかない。

まとめますと、延焼のしやすさは低減しているのですが、密集市街地などでは延焼速度が半分ぐらいになっている程度。燃えなくなったわけではありません。

飛び火出火リスクも減っているとはいえ、なくなったわけではありません。
「火災旋風は起きる?起きない?」とよく聞かれるのですけれども、さきほども申し上げましたように、避難場所で火災が起きてしまったことのほうが私は問題なんじゃないかと思います。

ということで、延焼という点では火災は関東大震災よりも多少良くなっているのですが、ぶすぶす燃えるようになっただけで油断は禁物だという評価ができます。

 

都市は安全になっているのか? ③消防

これは消防の方も今日お聞きになられているので大変話しにくいのですけれども、平常時の火災を考える上では、消防というのは99年前と比べて進歩していて、かなり効率的に火を消してくれるようになったのですが、残念ながら地震時には出火件数が多かったり水が出なかったりするのでとても消火しにくいというのがポイントになります。

これは大火の発生数ですね。グラフになっていますが、大火というのは、3万3,000平米以上が燃えた火災を一般的に言います。長さで測る場合もあるのですけれど、基本的には1万坪以上燃えた火災を耐火と呼ぶことが戦後は多いです。

ここで、10年間の発生件数を見ていただきたいのですが、1946年から1955年までが23件。
1946年から1955年までの10年間で23件、1956年から1965年までの10年間は12件、それから66年~75年の10年間では3件ということで、大火の件数は年々減っています。ただ、その理由が重要で、大火が減っていることを多くの人は都市が難燃化した、つまり燃えにくくなったから大火が減っていると考えているように思います。

もちろん燃えにくくなっているので、それは正しいのですけれども、それだけではなくて、私は消防の力も大きいと思うのです。
というのも、この大火がなくなった時期というのは、私が若かった時に働いていた消防関係の研究室における元上司の受け売りなのですが、大火が少なくなった昭和35年とか55年ぐらいというのは、消防の常備化率、つまり消防がカバーする面積、消防の人たちがまちを守ってくれる体制を一気につくり上げた時期だったのです。
常備化率はこの時期に急激にアップしています。つまりどういうことかというと、火災が起きたら燃えにくくなったのではなくて、火災が起きたら消防士さんたちがみんな来て寄ってたかって集まって消してくれた。そういう社会システムがつくられたのが、大火がなくなった理由なのです。

ということは、平常時と違って地震時の火災、つまり何百件が一気に発生するような状況下では、消防士さんの数が足りなくなってしまう可能性もある。まあ、地震火災に対応できるだけの消防士さんたちの数を雇用するにはとんでもない税金が必要ですからそれは仕方ない。さきほど消防力を超えたところで被害が大きかったという話をしましたけれども、平常時の大火はかなり少なくなりましたが、地震時の火災は状況が全く別で、消防力を超えてしまう問題が深刻な結果に繋がります。

酒田大火(1976年)では、記録では合計217台の消防車が投入されたとあります。1点の火災だったら多くの消防車を大量投入して頑張って消すことができます。出火したら、即、消防車を大量投入できた、それが最後の平常時での都市大火といわれる酒田大火でした。

しかし、地震時、これは阪神・淡路大震災ですね。この煙の数を数えると火災の数が分かりますけれど、13件あります。
ここで活動していたポンプ車は確か5台~6台ぐらい。13件の火災を5台とか6台のポンプ車でどうやって消すのか。答えは1つですね。消せないです。
つまり消防力はもちろんアップしたのですが、消防力を超えてしまう状況が起きると、被害が甚大になるという問題はまだ変わっていない、というのが消防に対する評価になります。

ここで、消防力と火災被害の相関表(阪神・淡路大震災の際に、出火件数、地震直後に出動したポンプ車の数、水利が使えるかどうかというのをリストアップした表)を見ますと、大きな火災になったところはポンプ車の数を大きく上回る出火件数があったところです。また、水利が使えなかった、水が出せなかったところです。
阪神淡路大震災時と東京の出火点当たり(被害想定ベース)のポンプ車数はそこまで大きく変わっていないことも考えられ、したがって、少なくとも、(当時、風速はそこまで大きくありませんでしたが、)阪神・淡路大震災ぐらい消せない環境になる可能性があると思います。
だから出火点が多くなっているという「出火側」からの現代都市の変化は実は深刻で、このなかで頑張って初期消火するという行動は特に重要です。
つまり、初期消火をするということは出火件数をポンプ車の数にできる限り近づけるという効果もあるのです。

一方で、東日本大震災以降ずっと、地震が起きるとその時に発生した火災を調べるという地道な研究を私は続けているのですけれども、初期消火も、震度が大きくなるとなかなか難しいです。
東日本大震災は、津波災害もあるので特殊かもしれませんが、胆振東部でも調べているのですけれども、初期消火はあまりされていない。震度5強とか5弱ぐらいだと自衛消防が結構消しているのですけれども、6強や7ぐらいになるとなかなか消せない難しい環境にあります。
ですから、ちゃんと訓練しないと初期消火も大きな揺れの被害のもとでは、なかなか難しい。訓練していても難しいかもしれませんが。

まとめますと、消防に関しては、とても進展しているけれど、やはり地震時は状況が平常時と全く違って常備消防による対処も難しく、一方われわれで初期消火したいところですが、震度、揺れが大きいとままならないという状況にあるということです。

 

都市は安全になっているのか? ④避難

避難については、結論から言うと燃えない橋もたくさんできて、計画上、安全になっていて、避難場所もかなり指定されています。なので、ハード性能は上がっています。
しかし、残念ながら人々の火災避難リテラシーが落ちている可能性があります。

私も市街地火災から逃げたことはありませんが、そもそも市街地火災から逃げたことがある人はおそらく現代都市ではほとんどいません。
津波とか風水害の避難は、東日本大震災とか、あと毎年毎年風水害はありますから、割と知っている人も多いのですけれど、地震火災からの避難を体験したりよく知っているという人は少ないと思います。

私は、10年前に関東大震災の被服廠の生き残りのおばあちゃん達に話を聞いたことがあるのですが、その方たちは「 火災が起きたらここに逃げようね 」と家族の中で言い合っていたという人もいました。少なくとも火災の避難場所について、家族で話し合っています。
一方で、いま市街地火災が起きたらどうしようと家族で話す方はあまりいないですよね。
当時は、市街地火災という現象がいまより身近だったと考えられますが、そのあたりのリテラシーに現代都市は問題があるのではないかと思います。

現代における市街地火災での亡くなり方には様々なパターンがあると思うのですけれども、一番ケアしたいのは逃げ惑いです。同時多発火災や道路閉塞、あるいは、橋が落ちたという事もあるかもしれませんけれども、逃げ惑って死ぬ、それが逃げ惑いのケースです。

他にも様々な亡くなり方はあって、建物倒壊で亡くなるパターン。
それと、結構多いと考えられるのが要援護者の方で、市街地火災が迫ってきても逃げ切ることができずに亡くなるパターン。
また、先ほど申し上げた高層建物火災ですね。
あとは、避難場所で出火するパターン等いろいろなパターンが考えられます。

その中で、特にわれわれがケアしなければいけないのが逃げ惑いだと思います

これを見ていただきたいと思うのですけれど、これは阪神・淡路大震災の当時の写真です。後ろのほうで火災が起きています。こうなったときに皆さんはどうしますか。

おそらく、逃げるという人もいれば、もしかしたら、ここら辺で起きている火災を消そうと周囲をチェックするという人もいるかもしれません。もしかしたら、建物、家具に挟まれている方がいるかもしれないので、助けるという人もいるかもしれませんね。

ぱっと見、結構、火が遠いじゃないですか。火災は1件しか起きていないと考えて、逃げるのは後回しで助けを求めている人がいるかもしれないし、火が小さい場合、消火器で消せるかもしれない。逃げるか、消すか、助けるか、いろいろやるべきことはありそうに思えますが、多くの人は残念ながら火災を見ていることが多いでしょう。

一方で、私はこの写真だと逃げたほうがいいのではないかなと思うのです。というのも、地震火災の場合、この距離というのはむしろ近いかもしれません。
われわれの、虫の目だとこの写真のように見えますが、鳥の目を持っていると地震火災というのはこうなっている可能性もあります。

つまり、同時多発も十分に考えられる地震火災は、もしかしたら私たちの逃げ道をふさぐような火災が、このカメラで撮っている人の後ろで進展しているかもしれないので、このタイミングは逃げたほうがよいのでは、個人的にはそう思います。

風水害のときには、避難情報が出ることも多いのですが、地震火災には避難情報ができるのかというと、残念ながらわかりません。
なぜかというと、消防の人もどこで火災が起きているかが分からない可能性もあるのです。どこで火災が起きていて、どこが安全か、わからない中では、避難情報は出しづらいでしょう。

したがって、地震火災時は避難情報が出ないかもしれないということも考えないといけませんし、避難場所ももしかしたら人口密集地域では満杯になるかもしれません。ですから、地震火災からの避難というのはとても判断が難しいのだと考えています。

さらに、避難判断をは難しくする要因もあります。というのも、津波と違って地震火災というのは諦めが早過ぎても駄目かもしれないのです。

つまり、諦めが早過ぎてみんながすぐ逃げてしまうと、先ほど申し上げた要援護者の方や高齢者の方などの助け合いができないかもしれない、初期消火や飛び火警戒もできないかもしれないのです。
とにかく火災を見ずにみんなで助けたり消したりして、ちょっともう無理だなと思ったら逃げるのが最適解でしょうか。口で言うのは簡単ですが、実行は難しいでしょう。

東日本大震災時でも消防団の方々は、例えば、津波が来る想定の10分前までに活動をして、無理だと思ったら逃げるといった対応をしています。それでも亡くなった方がいらっしゃるのですけれども、地震火災の場合は、もっと難しい取捨選択、助け合い方が必要となる可能性もあります。

まあ、実際には、多くの人はただ見ていますので、固まらないで、何かアクションをとってほしい。
見ているぐらいだったら逃げろと言うこともできますが、地域内でやれることはたくさんありますよ、という事を私はお伝えしたいと思います。


糸魚川市大規模火災の避難行動

糸魚川の火災の時、避難勧告対象地域の97人に、1人ずつ地図を渡してどうやって逃げたか書き込んでくださいという地道な調査をして、地図を作りました。これを、一人一人の実際に逃げた行動データを動画表示しています。

火災が起きたのは、確か、10時20分ぐらいで、いま2時だとすると、2時ということはもう3時間半たっているのです。3時間半たっているのに未だ延焼があったところに多くの人が残っています。みんな、遠巻きにして逃げています。
逃げているというよりも、戦国時代の戦争でいうところの殿戦(しんがりせん)というのがありますが、あんな感じの逃げ方をしている。

これは最遅避難と言ったりもするのですけれども、どうやらみんなじりじり見極めながら逃げているということが糸魚川の火災避難の調査で分かりました。

これは1点火災だったからよかったのかもしれませんけれど。飛び火がいろんなところで発生して、風向も変わって同時多発火災であったら、こういう逃げ方には危険性が伴います。
ただ、人間はやはりこういう逃げ方(最遅避難)をしてしまう傾向にあります。
最後まで動かなかった方も居られます。火災を見てしまうというのは、人間の本能なのかもしれませんね。

まとめますと、市街地火災からの避難は、これはけっこう水害と似ていて、きっかけがとてもつかみにくくて避難行動が複雑です。ただ、水害よりすごく複雑ではないでしょうか。
特に、市街地火災の場合は火に囲まれないような逃げ方をするというのが重要で、もうちょっと詳しく言うと、広い道路や川沿いの道路にまず出る。その後に延焼領域を避けて風上の広い場所に逃げるというのが市街地火災からの逃げ方のポイントです。

ただ、この逃げ方を知っている人がどれぐらいいるでしょうか。実際には、私自身も逃げられるかなと不安になるぐらい難しいと思います。ですから、市街地火災からの避難というのは、地域の中で予め考えておいてもいいかもしれません。誰が逃げて誰が助けて誰が消すかという役割分担ぐらいは考えられればとてもよいですね。

しかも、避難を考えると避難リテラシーの低下だけが問題ではなくて、関東大震災当時の都市人口(250万人)と比較して、今はもっと人口が多いわけです。関東大震災の時ですらこう(避難する人で道が埋まっている)なんです。

250万でさえ都市の人が皆外に出ると一部地域ではこんなに密集状態になる。関東大震災時は、このような状況になって群集事故が起きたという証言も残っています。250万人でこれです。

では、今の東京ではどうなるのかと考えると、東日本大震災時は(私のもう一つの研究テーマである)約500万人の帰宅困難者が発生しました。ただ、この時揺れが最大震度5強だったので、まだ屋内にもたくさん人が残っています。じゃあ首都直下などで、昼間人口の全てが外に出たらどうなるのか。
まだわれわれはこのような状況を経験していませんが、人がめちゃめちゃ多い問題、そういう新しい問題が避難に関しては考えられるということです。

いずれにせよ、いつ誰がどのように逃げるのか、消すのか、助けるのかということをきちんとイメージして、地域であるべきバランスを考えなくてはいけません。
もしかしたら関東大震災の時はそういう地域力があったかもしれません。ハードは弱かったですが。

ではいま、その地域力があるかというと、いまは隣の人が誰だかも分からない人も多いですよね。そのような地域で、どうやって逃げればよいか、どうやって助け合えばよいのか。やはり若干の不安がありますね。

 

都市は安全になっているのか? まとめ


まとめ:関東大震災時に比べ現代市街地は安全か?(廣井私見)

関東大震災の99年前に比べて現代市街地は果たして安全になっているのか。先ほどから出火、延焼、消防、避難の4点のお話をしました。
ここからは、私の個人的な見解に過ぎないのですけれども、出火は、そこそこ悪くなっているのではないかと思います。
出火率は下がっているかもしれません。マイコンメーターや感震ブレーカーのようなものがかなり普及していますし、下がっているのではないかと思いたいのですけれども、まあこれは季節とか時間帯次第ですね。

例えば、夕方に夕食の支度をしていたり、冬に暖房器具のような器具を使っている状況だと火災は多いかもしれません。ただ、出火率が下がっているといっても、東日本大震災では、冬の昼間に1万世帯当たり0.4件くらいはありました。これがもし夕方だったらもっと多いかもしれませんね。
東日本大震災のデータそのものがもしかしたら特殊解なのかもしれないということを考えると、まだまだ安心は禁物ですし、震災時ビル火災という新しいリスクも増えています。一方で、世帯数が出火件数には効いてくると思いますが、世帯の数が関東大震災時に比べると現代都市はとても増えていますから、その意味で出火率はちょっと悪くなっていると考えたほうが安全だと私は考えています。

延焼は、確実に良くなっています。
良くなっていますが、全く燃えなくなったわけではありません。遅くなったとはいえ、延焼してしまう場所もたくさんあります。飛び火もなくなっているといいのですけれども、糸魚川を見る限り飛び火も完全になくなっているわけではないようですし、地震時は揺れで瓦がずれたり、窓が壊れたりしてそこから飛び火が入るという可能性ももちろん考えられます。
糸魚川でさえあそこまで燃えたので、揺れによって建物自体の火災安全性能が低くなる状況ではまだまだ燃えるかなというのが正直なところです。

消防については、進展が目覚ましいですし、関東大震災の時と比べて頑張っていると思いますが、やはり地震時は限定的です。
消防の人たちの代弁をするわけではないのですけれども、地震時はやれる限りはやりますという事だと思います。それでいいと思います。
ですから、消防の技術や対応力は進展していますが、同時多発火災に対応できるまでになっているかどうかというとなかなか難しいのではないかと思います。

それから、私が研究している帰宅困難者の話題になりますが、東日本大震災は、東京の車道が大変混雑しました。
同じ状況が繰り返されると、おそらく、消防車も救急車も全く動けないわけです。
幹線道路も使えない。狭い道路はもしかしたらブロック塀や建物が倒れて車が入れないかもしれないので、そう考えるとポンプ車の数だけではなく、活動できるケースも限定的なのかと思ってしまいます。

また、初期消火についても、先ほどご説明しましたように強震時に初期消火ができるかどうかは分からなくて、今までのデータだと、多少はできるかもしれません。ちゃんと訓練をしていた自衛消防は初期消火ができているのですが、それでも震度5弱やそれぐらいの環境なので、消防も楽観視はできないと考えます。

避難については、避難路や不燃の橋が整備され、避難場所も整備されて逃げやすくなりました。
ですが、人口はかなり増加しています。それから、火災からの逃げ方も下手になっています。
計画上、あるいはいわゆるハード整備的には安全になっていますが、ソフトの低下を考えると、大丈夫かなと心配です。
東日本大震災の時に、堤防もきちんと整備され過去の津波災害と同じようなことはないだろうと皆が思っていた中で2万人もの方が亡くなったという事実はとっても重要で、やはり怖さがあります。

まとめると、出火はちょっと悪くなっている。延焼はちょっと良くなっている。
消防は進展が目覚ましいけれど、地震時は限定的。避難は計画上安全になっているが……。

…ということで、最初の問の答え合わせですが、関東大震災の時は、火災以外も含めて10万人の方が亡くなりました。
では、次に首都直下や南海トラフが起きたら火災で何人の方が亡くなるなのかというと……。
状況にもよりますけれども、被害想定はものによっても違いますが、確か何千人とか1万人ぐらいが想定されていると思います。

私もさきほどの5択の中では「3番(関東大震災と阪神・淡路大震災の中間くらい)」だと思いますが、もしかしたら「2番(関東大震災と同じくらい)」なのかもしれません。
分かりませんし、発生した環境にもよりますけれども、地震火災のリスクが現代都市は全くなくなったわけではないというのは間違いない事実で、東京、大阪、その他も含めて全国に密集市街地は沢山あります。まだまだ地震火災への事前対策や対応を考えることは必要ではないか思います。

 

災害は繰り返す

災害は繰り返すということがよく言われます。
関東大震災を我々が論じる際には、過去にこういう震災がありました、だけではなく、同じようなことが現代都市で繰り返される可能性を十分に考えておく必要があります。

首都直下地震のときには何が起きるか分かりませんけれども、少なくともわれわれが想定しておかないといけないのは、多数の建物が倒壊して、同時多発火災が発生して、道路の被害・不通が発生して、膨大な救急ニーズが発生して、電気・ガス・水道が停止して、電話・携帯電話が使えなくなって、経済被害も深刻で、物流の停滞とモノが不足する。
こういう“catastrophic(壊滅的)”な状況の中で何百件も火災が起きて何百万人の人たちが逃げ惑うわけです。
これってまだまだ深刻なリスクなのではないかと私は思って研究をしております。

 


講演者:廣井悠(ひろい・ゆう)

廣井悠(ひろい・ゆう)

東京大学・教授

1978年10月東京都文京区生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了を経て、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退し、同・特任助教に着任。
2012年4月名古屋大学減災連携研究センター准教授、2016年4月より東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻准教授を経て、2021年8月から現職。
博士(工学)、専門社会調査士。専門は都市防災、都市計画。
平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020年JSTさきがけ研究員(兼任)、東海国立大学機構(名古屋大学)客員教授、静岡大学客員教授、一般社団法人防災教育普及協会・理事、令和防災研究所・理事も兼任。

・主な著書
「知られざる地下街」(河出書房新社 2018)
「これだけはやっておきたい!帰宅困難者対策Q&A」(清文社 2013)

・廣井研究室 Webサイト:http://www.u-hiroi.net/index.html

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