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関東大震災で罹災したミカエル・A・ステシエン(1857~1929 / 在日宣教師・神父)の著した『大震災と死の思想』(1923年)からの名言 [今週の防災格言678]

time 2020/12/21

関東大震災で罹災したミカエル・A・ステシエン(1857~1929 / 在日宣教師・神父)の著した『大震災と死の思想』(1923年)からの名言 [今週の防災格言678]

『 建築を堅牢にし、多数の公園を設け、地下鉄道を作り、十分に火災や震害を免かれ得る設備をしたとしても、それでもはや市民の生活は安全になったと保証することはできますまい。 』

 

ミカエル・A・ステシエン(1857~1929 / 在日宣教師・ルクセンブルグの神父・キリシタン研究者)

 

格言は関東大震災に罹災した直後の著書『大震災と死の思想』(1923年10月10日)より。

長い年月と巨大な財力とを以て築き上げた文化も今回の大震災のやうに忽然として烏有(うゆう)に帰し、跡形も無くなってしまふことは、単に、大自然が偶然な戯れとのみ考へ去ることはできません。

古い町々に新らしい家々は再び立つでありませう。東京市は其焼け跡に更らに一層の美観を以て復興するでありませう。そして、数十年の後には、人々は今日の我々が安政の大地震を物語るやうに、大正の大禍害の昔語りに耽(ふけ)るでありませう。

然し、歴史は繰返すものとするならば、数十年の後、難が再び今回のやうな大惨害が無いと断言することができませうか? 建築を堅牢にし多数の公園を設け、地下鉄道を作り、十分に火災や震害を免かれ得る設備をしたとしても、それでもはや市民の生活は安全になったと保証することはできますまい。

他のいかなる災害が其処に突発するかも知れぬ。人間が蟻の巣を壊すと蟻は再び作り出す。しかも其処に惨酷ないたづらな人間の手が更らに再び待って居ることを知りませぬ。文明抔(など)と誇っても、人間のすることは所詮それと同じです。 ・・・(中略)・・・

けれど、かくも狂暴な冷酷な自然力が、又、実に温かい、愛に充ちた主人であることを私共は忘れてはならぬのです。地球は恐しい地震を起すけれ共、それは不断は『母なる大地』と云はれるほど、一切地上に住む生物を恵む乳房です。我々の生命をつなぐ食物は凡べて此大地から生ずる。其他、地を照らす日光、地を濡す雨、何れか私共生物に一日として無くてはならないものでありませう。即ち、私たちは自然の恵みに依って生きて居る以上、自然の怒りを受くることも極めて当然です。

 

ミカエル・A・ステシエン(Michael A. Steichen / ミッシェル・スタイシェン)は、カトリック教会の神父。1887年(明治20年)から在日宣教師として、盛岡、築地、静岡、麻布、横浜などで布教活動を行い、「教友社」を設立し、カトリック教会の雑誌『聲』の編集主幹として健筆を揮った人物。日本のキリシタン史話を発表し、没後の著作『キリシタン大名(切支丹大名記)』で著名。

1857年12月17日、ルクセンブルクのデュドランジュ生まれ。幼年時代は、祖国ルクセンブルクやフランスのシャーロン・シュル・マルヌ市で過ごした。初め実業家を志し、ドイツ語、フランス語、英語を学ぶためにロンドンに留学。22歳の頃、宣教師となるためラテン語を学び、パリ外国宣教会入り。1886年(明治19年)に司祭となり、1887年(明治20年)に日本へ派遣され、岩手県盛岡、築地神学校、静岡を経て、1896年(明治29年)に麻布に転任。1908年(明治41年)横浜若葉町教会主任に就任。1909年(明治42年)聖心女子学院付き司祭となり、1911年(明治44年)には雑誌『聲』の編集長となった。1918年(大正7年)に築地神学校長、築地教会主任司祭を兼任。日本の切支丹(キリシタン)史研究を行うが、1923年(大正12年)の関東大震災の大火で日本切支丹史の資料を失った。震災後に健康を害し、関口教会に避難し、1928年(明治3年)本郷上富士前教会主任となるが、翌1929年(昭和4年)7月26日に本郷教会にて死去。71歳。

関東大震災の罹災状況について、以下のように書簡に詳しく認めている。

『人の子は思はざる時に来らん』といふ語が聖書の中にはありましたが、あの大地震の起る前のホンの一分間、いや、一秒間の前だって誰がこんな意外な大事件が此大都会を襲ふ抔(など)と思ったものがありませうか。

早いお話が、私自身もその日は郊外の私の家から東京まで出かけたものです。しかも、今三十分おそかったならば私もあの大火の中に巻き込まれなければならなかったのです。

丁度、電車に乗って青山一丁目まで来た時、突然、電車が波のやうに大揺れに揺れて、ピタリと進行が止ったと思ふと、乗客の凡(す)べてが忽ち総立ちとなりました。それ、地震だ!といふ叫び声が口々から洩れて、飛び出すもの、逃げ惑ふもので往来は一ぱいでした。

然し、その時でさへも、其地震の為に東京全市がこんなことにならうとはだれも思ひ初めだにしなかったでせう。地震は引続いて激しく起りました。そのうちに、誰いふとなく、火事だ!といふ報告が耳を打ちました。見ると彼方の空は忽ち黒雲のやうに煙が掩(おお)ふて居ました。然し、それでも尚東京市の全滅抔(など)といふやうなことは私自身の頭にも影だに浮かばなかったことでありました。

けれど、此地震が普通のものでないといふことは直感的に私の心に分りました。見る見るうちに塀が壊れる、瓦が落ちる、御所の堤が壊れる、そのうちに、お婆さんが煉瓦塀の下敷となって片腕だけ見える!といふ報告が直ぐ近所の家から起って、何となく慌しい不安な気分が漂ふ、黄色っぽい空気が空一面漲(みなぎ)る、跣足(はだし)のまゝの男女老幼が往来に集って来る、急速力で自動車が飛ぶ、自転車が走る。

私はしばらく電車の中にジッとして居ましたが、到底、さうしては居られないでした。地震は二、三分おきには激しく襲うては来ましたが、私の家には二人の小いさな女の子が留守をして居るので心配は一通りではありません。もし、家屋が倒壊して、その下敷きになって壓死(おうし)でもしはしないか? といふ不安に襲はれて堪らない感じがしました。のみならず私の妻は二月前から病院の人であるので、もしや、あの大きな建物が火にでも襲はれ、手足の悪い妻が逃げ場を失って悲惨なことにでもなりはしないか、抔(など)といふ恐しい想像が一連り私の頭を駆けめぐり、もはや一分とジッとして居られない。然し、私は又、大丈夫だ!守護の天使は屹度(きっと)守って居て下さる!何だ!信仰の弱い!と自分で自分を叱り励ましました。

大震災と死の思想

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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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