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谷崎潤一郎が著書『東京をおもう』に記した格言(小説家)[今週の防災格言365]

time 2014/12/08

谷崎潤一郎が著書『東京をおもう』に記した格言(小説家)[今週の防災格言365]


『 まことに世間のことは何一つとして意の如くにならないものだが、
分けても自分自身のことほど測り難いものはない。 』

谷崎潤一郎(1886〜1965 / 小説家 代表作『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』)

格言は著書『東京をおもう(初出:中央公論 1934(昭和9)年)』(出典は「陰翳礼讃 東京をおもう(中公クラシックス 2002年)」)より。

関東大震災のとき、谷崎は単身箱根の芦ノ湖畔から小涌谷へ向かうバスのなかにいた。横浜の大火災を想像し、山手に残した妻娘の安否を気遣いながら壊滅した東京は10年後の復興で、町は大建築で埋まり、整然な街路と一大不夜城の夜の賑わいとパリのような娯楽に溢れ、それに伴い人々は和装でなく洋服を着、米でなくパンを常食するようになるなど、人々の風俗習慣が震災という絶好の機会を得て西洋化するだろう、と予想した。
ところが10年たった東京は、期待したような過激な進展を示すことなく、なお遅々たる歩みをつづけている。谷崎は《 二千数百年の伝統を持つ国民の気質や習慣は、なかなかそのくらいな外的条件では亡びないのかも知れない 》としながら、西洋化せず日本らしさが残ったことに、どこか安堵している自分の心の変化に気付く。
《 若い時分には誰しも「西洋」に魅惑されて、かかる改革が容易に行われ得るように考えるのである 》と10年前に無茶な予想をした若い頃の自分を《 滑稽千万 》だったと評している。

曰く―――。

《 私はこの未曽有の瞬間に妻子と相抱いて焼け死ぬことが出来なかったのを悔い、彼等を置いてひとり箱根に来ていたことを、責め、怨み、憤ったけれども、「東京がよくなる」ことを考えると、「助かってよかった、めったには死なれぬ」という一念がすぐその後から頭を擡(もた)げた。妻子のためには火の勢いが少しでも遅く弱いようにと祈りながら、一方ではまた「焼けろ焼けろ、みんな焼けちまえ」と思った。あの乱脈な東京。泥濘と、悪道路と、不秩序と、険悪な人情の外何物もない東京。私はそれが今の恐ろしい震動で一とたまりもなく崩壊し、張りぼての洋風建築と附け木のような日本家屋の集団が痛快に焼けつつあるさまを想うと、サバサバして胸がすくのであった。私の東京に対する反感はそれほど大きなものであったが、でもその焼け野原に鬱然たる近代都市が勃興するであろうことには、何の疑いも抱かなかった。かかる災厄に馴れている日本人は、このくらいなことでヘタバルはずはない。
《中略》それから十有一年の歳月が過ぎた。待ち遠に思った震災後の十年は、去年(昭和八年)の九月一日を以て完了し、私は最早や四十九歳に達している。だが、現在の私、そうして現在の東京は如何。この世は一寸先が闇で、何事も豫期の通りには行かないというが、私はかつて小涌谷の山路を辿りながらさまざまな妄想に耽った当時を追懐して、今日のような皮肉な結果を見たことを喜んでいいか悲しんでいいか、不思議な気持がするのである。まず何よりも、私があの時想像した震災の範囲、東京が蒙った惨禍の程度、並びにその復興の速度と様式とは、半ばは的中し、半ばは的中しなかったといえる。私はあの時箱根の人々の短見を嗤(わら)ったのであったが、私の推定も大袈裟過ぎていた。関東一円の地震という観測に誤まりはなかったけれども、被害は東京府下よりも神奈川県下の方がひどく、就中(なかんずく)小田原鎌倉片瀬近傍が第一であって、東京は横浜に比べると、犠牲が思いの外少い。横浜にいた私の一家眷属(けんぞく)でさえ一人残らず助かったのであるから、東京で死んだ人はよくよく運が悪いのである。被服廠(ひふくしょう)や吉原の死傷は大変な数であるけれども、私は実はあの何倍かの惨事を考え、全東京市が被服廠のようになるであろうと豫想していた。しかるに東京においては大概な家屋が倒壊を免れ、火が比較的長い時間にのろのろと燃え拡がったために、下町の住人も大部分は無事に逃げ延び、山の手の市街は殆んど旧態を保つことが出来た。従って東京市の復興は、十年の間に見事成し遂げられたとはいえ、私が思ったような根本的な変革とまでは行かなかった。 》

谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)は、東京市日本橋区蛎殻町(現中央区日本橋人形町)生まれの小説家。耽美的な傾向の作品を発表。 関東大震災を機に関西に移住して以後、古典的・伝統的な日本美に傾倒する。
この横浜に移り住む前には、小田原(十字町)に居住していたが、横浜に創設された大正活映株式会社の脚本部顧問に招聘されたのを機に1921(大正10)年9月、横浜本牧(宮原)へと転居。まもなく関東に上陸した台風による高潮被害で本牧の自宅が壊れてしまった。高潮(津波)に懲りた谷崎は、1922(大正11)年10月、安全な高台にある横浜山手へと移り、災害に強いように頑丈な西洋風家屋を新築した。しかし、1923(大正12)年9月1日の関東大震災では家は無事だったものの大火事により山手の家も類焼してしまう。関東地方の地震に懲りた谷崎は、その後、関西へと引っ越し、関西をテーマとした『吉野葛』『春琴抄』『細雪』などを世に送り出し、1965(昭和40)年7月30日、湯河原の湘碧山房にて79歳で死去。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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