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『非難と弁護(菊池寛に対する)』に遺された広津和郎の格言(作家・評論家)[今週の防災格言241]

time 2012/07/23

『非難と弁護(菊池寛に対する)』に遺された広津和郎の格言(作家・評論家)[今週の防災格言241]


『 無論、藝術が地震をどう救へるものでもなければ、あの業火をどう救へるものでもない。 』

広津和郎(1891〜1968 / 小説家 文芸評論家 翻訳家 代表作『松川裁判』)

格言は『非難と弁護(菊池寛に対する)(大正12年11月 時事新報)』より。「どんなに傑作だって、時が経てば滅びてしまわないとは限らない。火事で焼けないとも限らない」との菊池寛の藝術の永遠性を否定する意見(「災後雑感(中央公論 大正12年10月)」)へ反駁したもの。

曰く―――。

『”永遠性” などと云う事を、人間が口にするのが間違ってゐるのである。そこまで行けば、もう議論はなくなるし、第一言葉もなくなる。”永遠” なんていふ言葉は人間の字引から抜いてしまはなければならない事になる。

だけれど、これでは話しが出来ない。言葉が成り立たない。又論理も成り立たない。何故かと云ふと、此遠い遠い未来を予想した否定説を根本にして行けば、人間の生活でも学問でも藝術でも、何も彼(か)も儚ないものになつてしまふからである。

無論、被服廠のああ云ふ驚くべき悲惨時の場合、藝術がそれをどう救ふ事が出来るものではない。藝術が地震をどう救へるものでもなければ、あの業火をどう救へるものでもない。 』

広津和郎(ひろつ かずお)は東京都牛込矢来町生まれの小説家・評論家。
麻布中学を経て早稲田大学在学中に舟木重雄、葛西善蔵、谷崎精二らと文芸同人雑誌「奇蹟」を創刊。大正2(1913)年にはモーパッサンの「女の一生」を翻訳。大正6(1917)年に『神経病時代』で文壇デビュー。『死児を抱いて』など自然主義作家として活躍しながら、同時にトルストイの道徳・教訓を厳しく批判した『怒れるトルストイ』など文芸評論家としても知られた。特に、早稲田派作家として芥川龍之介や菊池寛などいわゆる赤門派に対峙、戦後もカミュ「異邦人」について中村光夫との間で『異邦人』論争を交わすなど多くの文学論争に係わり、晩年には、戦後最大の冤罪事件と呼ばれる松川事件の裁判批判に取り組み被告全員を無罪に導いた。
広津は、関東大震災で自身も被災しながら、鎌倉市の父母を見舞いに行っている。戦後は熱海(静岡県熱海市清水町)に転居、昭和25(1950)年の熱海大火で自宅が焼失したため、熱海市下天神町へと移り終生を過ごした。昭和43(1968)年9月21日、心臓発作による腎不全で76歳で死去。

■「広津和郎」氏に関連する防災格言内の主な記事
作家・菊池 寛氏「災後雑感」(2012.03.26 防災格言)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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