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佐多稲子の戦後随筆「記憶と願いと~母親は再び火焔の中で合掌をしてはならない」からの名言(1904~1998 / 小説家)[今週の防災格言530]

time 2018/02/19

佐多稲子の戦後随筆「記憶と願いと~母親は再び火焔の中で合掌をしてはならない」からの名言(1904~1998 / 小説家)[今週の防災格言530]

『 人間には忘れるということがあって、それがひとつの救いにもなっている。 』

 

佐多稲子(1904~1998 / 小説家 代表作『樹影』『月の宴』など)

 

格言は随筆『記憶と願いと~母親は再び火焔の中で合掌をしてはならない(昭和31年)』より。

曰く―――。

人間には忘れるということがあって、それはひとつの救いにもなっている。忘れることを救いとおもう気持の中には、人間のいじらしさがあるのかもしれない。苦しいことがあるから忘れることを救いともおもうのだ。
…(中略)…
私がここで、人間の忘れっぽさを言うのは、あるいはまた、偶然の仕合せを持っているからかもしれない。常に忘れられぬ記憶というものもあるのだとおもう。私はもし、自分がわが子をあの戦争で失っていたならば、忘れっぽさなどということを言いはしないかもしれない。
…(中略)…
空襲の被害からまぬかれた、ということも、これは偶然の仕合せである。子どもたちだけでなく、私の生きている、ということも、偶然の仕合せにすぎない。戦争があった、空襲があった、そして原子爆弾が日本に落とされた、という事実の上で、われわれみんなの生きていることは、いわば偶然の仕合せに過ぎない。たくさんの生命を失ったそのひとりひとりは、死の寸前まで、それぞれのおもいがあり、生活があり、そして成長すべき将来を持っていた人間なのだ、ということを、本当に考えてみるならば、私たちと変りはない、という意味で私たち自身でもあったわけだとおもう。だからこそ、あとに残った親身な人たちの悲哀と苦痛を、私たちみんなのものにしなければならないのだとおもう。
…(中略)…
私たちの生き残ったことが偶然であった、とするなら、私たちは今後に、私たちをそのような状態におくことから救わねばならない。十年の歳月のうちに成長した子どもたちを、再び戦争による死の必然に、あるいは偶然の生にさらすなどということがあっていいものであろうか。
…(中略)…
私はここでも胸の中で合掌をするおもいなのである。合掌をして何かに祈る、ということは、偶然をたのみ、偶然に感謝することなのだ。私もまた、あの戦争中、子どもたちの無事を祈って、しばしば何かにむかって合掌をしたのである。戦争が起ってしまえば、あのとき私など、合掌をして子どもの無事を祈るしかなかった、ということは、今日、最も忘れてはいけないことなのだ。戦争にずるずるに引きずり込まれ、それを拒否する力がなく、あげくは協力さえしてしまった私などの自嘲こそ、今日に生かされなければならないのだ。

… … …

佐多稲子(さた いねこ / 窪川稲子 本名:佐多イネ)は、戦前のプロレタリア文学運動を代表する女性作家の一人。

父が18歳の中学生、母が15歳の女学生のときの子として長崎市で生まれる。両親がいずれも十代の学生だったことから、戸籍上は父方の祖母の弟に仕えていた奉公人の長女として届けられ、5歳のとき養女として実父母の戸籍(田島家)に入籍している。
1915(大正4)年、11歳のときに、結核で亡くなった母の治療費や父の放蕩などで家計がひっ迫し、叔父を頼って、父や祖母とともに長崎から上京し、向島小梅町(現・隅田公園内)の家に身を寄せた。
牛嶋尋常小学校5年生に転入するが、生活は貧しく、家計を助けるため小学校を中退し神田のキャラメル工場や中華そば屋、料亭、メリヤス工場などで働いた。20歳で資産家の長男との最初の結婚をするが、間もなく離婚。
カフェの女給として働く中で、雑誌「驢馬」の同人だった中野重治、堀辰雄、窪川鶴次郎、西沢隆二らと知り合い親交を結び、中野の強い勧めから文学の道に進んだ。
窪川と恋愛関係となり後に結婚。東京府の戸塚町上戸塚(現・新宿区)に住む。夫の影響を受け、プロレタリア文学運動に入り、1928(昭和3)年、24歳のとき、初の小説『キャラメル工場から』を窪川いね子名義で雑誌「プロレタリア芸術」に発表し作家デビュー。
1931(昭和6)年、日本プロレタリア文化連盟に加盟し「働く婦人」の編集委員となり、翌1932(昭和7)年、当時非合法であった日本共産党に入党。革命運動と家庭生活の間で悩み、戦後、窪川と離婚し筆名を佐多稲子とする。敗戦後も婦人民主クラブの創立や民主化運動に貢献するなどしたが、1964(昭和39)年、日本共産党の方針と対立して中野重治らと共に除名された。
最後の随筆集『あとや先き(1993年)』までの65年間に、自らの体験や取材をもとに様々な問題作を描き続け、1962(昭和37)年『女の宿』で女流文学賞受賞、1972(昭和47)年『樹影』で野間文芸賞受賞、1975(昭和50)年『時に佇つ』で川端康成文学賞、1983(昭和58)年『夏の栞』で毎日芸術賞受賞、1986(昭和61)年『月の宴』で読売文学賞受賞。
1998(平成10)年10月12日、敗血症ショックにより死去。享年94。

佐多稲子











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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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