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高橋喜平(1910~2006 / 雪崩研究家 エッセイスト)の『日本の雪崩 雪崩学へのみち』(1980年)の名言 [今週の防災格言733]

time 2022/01/10

高橋喜平(1910~2006 / 雪崩研究家 エッセイスト)の『日本の雪崩 雪崩学へのみち』(1980年)の名言 [今週の防災格言733]

『 山村民は発生の見分けの困難な表層雪崩を極端に恐れており、全層雪崩はそれほど恐れてはいない。 』

 

高橋喜平(1910~2006 / 雪氷学者・雪崩研究家 エッセイスト)

 

格言は著書『日本の雪崩 雪崩学へのみち』(1980年 講談社)より。

曰く―――。

雪国山村の住民たちは、昔から雪崩を大きく二つに分けていた。一つはアイ、アワ、ワシ、ワボウ、ワカシなどと呼ぶ表層雪崩と、もう一つはナデ、ジコスリ、ソコナダレなどと呼ぶ全層雪崩とである。

なぜ、雪崩を二つに区分していたかというと、山村の人びとは長年の体験から、この二つは雪崩の発生の仕方や災害の与え方に著しい差異と特徴を見いだしていたからである。

いまそれをごく簡単に述べると、表層雪崩は積雪の表層部が滑落するが、全層雪崩は地表上の積雪全層が滑落し、また、表層雪崩は主として多量の降雪や雪害のときに発生するが、全層雪崩は主として雨天や暖気のときに発生する。なお、表層雪崩は突然予告なしに発生するが、全層雪崩は雪割(クラック)が形成され、それが前兆となって発生する。
そのうえ、表層雪崩は不定の場所から発生するのに対し、全層雪崩は毎年同じ場所から同じような経過をたどって発生することが多い。
したがって、山村民は発生の見分けの困難な表層雪崩を極端に恐れており、全層雪崩はそれほど恐れてはいない。

尚本書で著者は、雪崩の知識がある者なら充分回避できるような状況で遭難している事例が多いことから、雪崩災害の多くは登山者側の落ち度によってもたらされた、と論じ―――、

雪崩の知識がないと、雪崩に対して病的なほど恐怖心を持つか、あるいは、雪崩のことなど眼中にないか、そのどちらかであって、後者の場合悲劇を招くことになる。

と述べている。

… … …

高橋喜平(たかはし きへい)は、岩手県出身の雪氷学者で自然派エッセイスト。
雪崩と隣り合わせの豪雪地帯に暮らし、雪崩で犠牲となった親友らの捜索の体験などから独学で雪崩の研究を続け、消雪の研究、雪崩防止のための植樹法(階段工法)の考案や雪崩防止林造成事業への貢献、雪崩発生地点から到達距離を類推する「高橋の18度法則」の発見、積雪の分類名称など多くの成果で知られる雪崩研究の第一人者。
1947年(昭和22年)には「さっぽろ雪まつり」に先駆け新潟県十日町市の「雪まつり」を考案し「雪まつりの創始者」とも呼ばれる。

1910年(明治43年)4月25日、盛岡藩の御殿医を務めた家系で、開業医の父のもと秋田県六郷町(現・美郷町)に生まれ、少年時代を豪雪地帯である岩手県湯田町(現・西和賀町)卯根倉(うねくら)鉱山で過ごし、岩手県沢内村(現・西和賀町)に移り住んだ。
1929年(昭和4年)旧制岩手県立黒沢尻中学校(現・岩手県立黒沢尻北高等学校)を卒業後、上京して日本大学専門部芸術科(現・日本大学芸術学部)に進学したがまもなく退学し、故郷卯根倉鉱山へと戻り、生徒数30人ばかりの私立小学校の代用教員となった。
一人で近隣の山々を回りスキーをしていた際に初めて表層雪崩を体験し、幸い無事だったものの診療先で父と案内人らが表層雪崩に巻き込まれる事故や、小学校時代の同級生が表層雪崩で行方不明となったことが重なり、雪崩研究を志すようになったという。
1933年(昭和8年)代用教員を退職し、日本一周の旅へと出る。その途上の北アルプス乗鞍岳頂上で麻生武治(日本最初のオリンピック・スキー選手 / 1899~1993)と出会い、麻生から聞いたヨーロッパの雪や雪崩の話しをエッセイにしたところ、麻生から登山家でもあった黒田正夫工学博士(1897~1981)を紹介されて処女エッセイ『雪と人生』(1934年 朋文堂)を出版した。その後、雪の研究者で知られる北海道帝国大の中谷宇吉郎教授(1900~1962)や農林省林業試験場(現森林研究整備機構)の平田徳太郎博士(1880~1960)らと知り合い交流をもった。
1936年(昭和11年)に平田徳太郎の口添えで農林省(後の農林水産省)青森営林局の嘱託で農林技官となり、岩手県川尻営林署で雪崩防止林の研究に従事する。
1942年(昭和17年)1月、太平洋戦争緒戦でフィリピン島(比島)攻略戦に従軍するが、同年10月に急性大腸炎により病院船で内地送還となった。
1944年(昭和19年)農林省林業試験場に転じ、雪害研究室長、山形分場長(山形県真室川町釜淵)などを歴任し、1971年(昭和46年)農林省林業試験場東北支場を定年退職後は、日本雪氷学会名誉会員、林業試験場東北支場研究顧問となり著述業に専念した。
1947年(昭和22年)雪について昭和天皇へ御前講義をした際に「何か雪国の明るい話題はないか」との陛下からの質問に、喜平はあまり良い回答ができなかったことから「雪国を明るくする運動」に取り組むことになり、「雪まつり」を考案し、当時自らが会長を務めた十日町文化協会からの発案という形で1950年(昭和25年)第1回「十日町雪まつり」を開催させている。
また晩年には、痴呆症となった妻の看護する姿がNHKの特別番組で放映され介護問題や高齢化社会について述べたエッセイ『夢はふる雪のように~八十六歳の独居窓』(1997年)や、趣味の山行を通じて新種アザミ(ハチマンタイアザミ)を発見し『八幡平の不思議―高橋喜平92歳・新種アザミ発見』(2005年)を出版するなど話題となった。
2006年(平成18年)2月1日、肺炎により西和賀町の病院で死去。享年95。
主な著作に『日本の雪』(1974年)、『遠野物語考』(1976年)、『日本の雪崩』(1980年)、『雪国動物記』(1977年)、戦記『ああ、生きて帰りたい比島戦記』(1980年)、『ノウサギの生態』(1982年)、『雪と俳句』(1982年)、共著『マタギ狩猟用具』(1978年)、写真集『雪と氷』(1985年)など多数。第8回日本エッセイスト・クラブ賞(1960年)、日本雪氷学会賞(1966年)、吉川英治文化賞(1977年)、第1回アマチュア写真大賞(1978年)、岩手日報文化賞(1979年)。
実弟に東京大学名誉教授の高橋延清(1914~2002)、甥に直木賞作家の高橋克彦(1947~)がいる。


高橋喜平(1910~2006)




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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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