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小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が著書『神国日本 解明への一試論』に書き記した格言(作家)[今週の防災格言410]

time 2015/10/26

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が著書『神国日本 解明への一試論』に書き記した格言(作家)[今週の防災格言410]


『 日本人は、暴風雨や火災、洪水や地震、
どんな災難があっても、挨拶し合う笑い声、
明るい笑顔に丁寧な会釈、心からの慰問に
お互を喜ばせたいという気持などが、
いつも人の世を楽しいものにしようとしている。 』

小泉八雲(1850〜1904 / ギリシャ出身の作家・教育者・ジャーナリスト)

格言は『神国日本 解明への一試論(東洋文庫292 1976年 柏倉俊三訳注)』(原題:Japan An Attempt at Interpretation, 1905.)より。

曰く―――。

《 外国人が好機に恵まれて、半年か一年、日本内地のどこか古風な町に住んだと考えてみよう。その滞在のそのものははじめから、彼の周囲に生活している人たちが、如何にも親切で楽しそうな様子に深い印象をうけずにはおれまい。そしてその人たちはお互い同士の間でも、また同様に彼との間でも、よそであったら絶対信頼の間柄にだけ見られるような、不断の機嫌よさ、人をそらさぬ如才なさや気立てのよさを見せてくれるのがわかるだろう。だれもかれもが、お互いに仕合せそうな顔をして楽しそうな言葉で挨拶をしあっている。にこにこ顔をはなすことがない。毎日の生活の中のごくありふれた、あたりまえの出来事が、別に教え込まれているのでもないのに、心からそのまま自然な流露と思われるほどに無技巧でしかも非のないような応対で、全く変わったものにされてしまう。いつ、どんな場合でも、そとに表れる快活さだけは決してなくならない。つまり、どんな災難が――暴風雨や火災、洪水や地震があっても、挨拶し合う笑い声、明るい笑顔に丁寧な会釈、心からの慰問にお互を喜ばせたいという気持などが、いつも人の世を楽しいものにしようとしている。≪中略≫

しかしそれにしても人々お互同士の間の善意を、どう説明すればよいのだろう。荒っぽさも、乱暴も、また不正直もなく、法を犯すものもなく、その上このような社会状態が、何世紀の間、同じように存続してきたとわかったら、ずいぶん道徳的にすぐれた人間の世界にはいり込んだと思いたくなるだろう。すぺてこうしたもの静かな上品さ、純真無垢の正直さ、誠意の溢れる言動を、誰もが、当然心のとことんまでの善良さからくる行動と解釈することだろう。そして人に喜びを与えるこの素朴さは、決して野蛮からくる素朴さではない。ここでは誰もがみな教育をうけている。誰もがみごとな書き方や話し方を心得ている。詩や俳句をつくることをも知っておれば、立派な行儀作法をも身につけている。いたるところに清潔さと趣味の良さが見られる。家の内部は明るく、清浄で、日々の入浴は、一般のこととなっている。すべての人的関係が愛他主義に支配され、すぺての行為が義務に指示され、すぺてのものが美術的に調整されているように思われる文明の国に魅惑されることを、どうして拒否できるだろうか。こんな状態の中にはいって、喜ばずにおれるだろうか。こういう人たちが「異教徒」呼ばわりされるのを聞いたら、憤然とせずにはおれるものだろうか。われわれの心内に宿る愛他精神の程度に応じて、格別こちらから無理に努めなくとも、こうした善良な人々は、われわれを幸福にしてくれるのである。このような環境からうけとる唯一の感じは、平和な幸福なのである。 》

小泉八雲(こいずみ やくも / 本名:ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn))は、明治期に来日し、後に日本に帰化。島根県松江中学校や東京帝大などで英語・英文学を教えながら、日本の伝統文化を研究し日本を広く世界に紹介したギリシャ出身の英文学者・作家。主な著書に『知られざる日本の面影』『心』『怪談』など多数。
1854(嘉永7)年の安政南海地震の大津波の際に濱口梧陵が行った人命救助の話をモチーフに描いた『稲むらの火(原題:A Living God)』の作者としても知られ、この本で英単語の”tsunami(津波)”を初めて欧米に紹介した人物でもある。
日本各地を歩き、神戸や東京の様な外国まがいの都会を嫌い、松江(島根県)や焼津(静岡県)のような田舎を「神様の村」と呼び終生愛したという。

1850(嘉永3)年、ギリシャのリュカディア島(レフカダ島)でイギリス軍軍医をしていたアイルランド人の父と、マルタ島出身のギリシャ人の母の次男として生まれる。2歳のとき父の生家ダブリンへ移るが、父母の離婚により母はギリシャへ帰郷、父は愛人と再婚しインドに転勤したため、4歳でダブリンに住む大叔母に引き取られた。13歳のときイングランド北部アショーにある聖カスバート学寮(カトリック系)に入学。在学中に左目を失明。16歳のとき大叔母の破産により学寮を中退。その直後に父が病死。日本で大政奉還が行われた1867(慶応3)年、17歳でフランスのイヴトーにあるカトリック系の学校に入学するが1年余で退学。19歳のとき、大叔母からの旅費でアメリカへと渡り、行商やホテルのボーイ、電報配達夫などしながら読書作文に努めた。24歳のとき新聞記者となり、フランス文学の翻訳をしながら、評論、随筆、翻訳、漫画入り記事で活躍。28歳のとき実業家として独立をはかるも、協同者の持ち逃げにより倒産。自らの商売能力欠如を意識してその後は実業には一切手出ししなかった。31歳、「タイムズ・デモクラット紙」の文芸部長に招かれ、ヨーロッパの新文学翻訳とその紹介につくし、1882(明治15)年にゴーチェの翻訳『クレオパトラの一夜その他』、1884(明治17)年に『異文学遺文集』を出版。ニューオリンズ百年祭記念博覧会で日本政府の事務官・服部一三からの訪問記事を「ハーバーズ・マンスリー」紙に掲載。この時の縁で、後にハーパー書店の寄稿者となった。その後も『ニューオリンズの歴史的スケッチと案内図』『クリオールの料理法』『印象派作者の日記』『中国怪談集』などを出版。37歳のとき、西インドのマルティニーク島サン・ピエールに2年間滞在しながら小説『チタ』『ユーマ』や『仏領西インドの二年間』を完成させ人気作家となる。39歳のとき「ハーバーズ・マンスリー」紙の企画で挿絵画家とともに2ヶ月の予定で日本特派員として1890(明治23)年4月4日に横浜着。鎌倉・江の島の紀行文をハーバーズ書店へ送るが、扱いが意に満たず、書店と絶縁する。東大の教師をしていたチェンバレン、服部一三(当時文部省普通学務局長)の尽力で島根県松江中学校の英語教師となり、9月2日から登校。12月、松江藩士小泉家の節子と結婚。翌1891(明治24)年11月、熊本の第五高等学校へ転任。1892(明治25)年「アトランティック・マンスリー」紙、「タイムズ・デモクラット」紙に『日本印象記』を連載し好評を博す。1894(明治27)年、契約切れを機に熊本を去り、著作業に専念するため「神戸クロニクル」紙論説委員として神戸に移り、1895(明治28)年秋、45歳のときに日本に帰化し、小泉八雲と名乗る。翌1895(明治28)年、46歳のとき東大学長・外山正一から招聘され東京帝国大学文科大学英文科講師となり、9月26日から東京市牛込区市ヶ谷富久町(現東京都新宿区)に新居を構え、1902(明治35)年、52歳のとき西大久保二丁目(現新宿区)に純日本風の新居新築。1903(明治36)年、長男の教育はアメリカでと考えていたので、大学側に1年間の賜暇を求めたが日本国籍を理由に拒否され、更に大学からは契約期限切れの解雇通告を受けて東大を退職。この経緯はフランスの新聞各紙で「国家的忘恩」として取り上げられ海外でも知られることになった。翌1904(明治37)年4月、早稲田大学に招かれ文学部に出講するが、9月19日心臓発作で倒れ、9月26日に再発作を起こし54歳で急逝。墓所は雑司ヶ谷墓地。法名「正覚院殿浄華八雲居士」。

死後『神国日本』『天の河縁起その他』が出版され、1906(明治39)年にはアメリカ時代の友人であったエリザベス・ビズランド(Elizabeth Bisland Wetmore)編著の伝記『ラフカディオ・ハーンの生涯と書簡(The Life and Letters of Lafcadio Hearn)』などが好評となり、ハーンのその数奇な生涯と多彩な作品群が、日本をはじめ欧米からも注目されることとなった。

■「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)」に関連する防災格言内の記事
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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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