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魯迅が散文詩『野草』に記した格言(中国の作家・思想家)[今週の防災格言483]

time 2017/03/27

魯迅が散文詩『野草』に記した格言(中国の作家・思想家)[今週の防災格言483]


『 絶望の虚妄なることは、
まさに希望と同じである。 』

魯迅(1881〜1936 / 中国の作家・思想家 代表作「阿Q正伝」「狂人日記」)

格言は散文詩「野草」所収の『希望(1925年1月1日)』より。
(出典:駒田信二訳「集英社ギャラリー「世界の文学」20 中国・アジア・アフリカ」(集英社 1991年))

虚妄(きょもう)は、うそ、・いつわりの意。

中国近代文学の祖・魯迅(ろじん)。
本名は周樹人。字は予才(よさい)。浙江(せっこう)省紹興の出身。
弟に文学者・日本文化研究者の周作人、生物学者の周建人がいる。

中国大陸で、清王朝(1644〜1912年)による封建的な支配が続く時代に魯迅は比較的に富裕な読書人階級の家に生まれた。しかし、少年の頃に祖父が失脚、家は没落し、生活が貧窮したことで、社会の冷たさを体験することになる。
1902年、国費留学生として日本に留学。当初は近代医学を学ぶため、1904年に仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に入学するが、講義中に見た日露戦争のニュース映像に写し出された愚かな中国人たちの姿にショックを受け「中国民衆の愚弱な精神を改造するには医学ではなく文学である」と痛感し、1906年、24歳で医学専門学校を退学し、東京での生活を始めた。帰国後、革命運動に参加したが、のちに学問に没頭し、1912年に中華民国政府が成立すると教育部の事務官の職位に就き北京へと移り住んだ。1918年、魯迅の筆名で処女小説『狂人日記』を発表。『狂人日記』は中国文学で初めての口語体で書かれた小説となる。
以降は多くのペンネームを用いて文筆活動を本格化し、代表作『阿Q正伝』(1921年)や神話時代から清朝末期までの小説史を論じた中国初の小説史『中国小説史略』(1924年)などをはじめ、多くの小説、随筆、評論を発表し、他にも、外国文学の翻訳・紹介にも努めた。また、翻訳、文学史研究などにも大きな功績を残した。
1927年上海へと移り、左翼作家連盟の中心として論陣をはり、文学者としては国民党独裁体制を厳しく批判した。1936年10月19日、持病の喘息の発作により急逝。56歳。葬儀委員会の名簿には、蔡元培、宋慶齢、毛沢東、内山完造、アグネス・スメドレー、茅盾らの名が連なり、六千人以上の人たちが葬儀に訪れたという。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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