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坂口安吾が『ヤミ論語』に記した格言(随筆家)[今週の防災格言201]

time 2011/10/17

坂口安吾が『ヤミ論語』に記した格言(随筆家)[今週の防災格言201]


『 禍いは、これを利用せよ。そして、進歩せよ。
天災という言葉はマッ殺するようにならなければならぬ。
地震にこりることを知らない魂は、
戦争にもこりることを知らないのである。 』

坂口安吾(1906〜1955 / 小説家・随筆家 代表作『白痴』『堕落論』)

この格言は『ヤミ論語(昭和23年)』より。

曰く―――

『 福井の地震で、大被害を蒙った。地域は異っても、地震の被害は殆ど年々のことである。これを天災と称したのは昔はそれで当然であるが、その対策の分明している文化国で、これを天災とするのは分らない。

必要は発明の母と云い、禍を転じて福となす、災害にこりる、こりるということは大切なことだ。こりないことは、罪悪だと私は思っている。 日本人は地震にこりないのである。近頃の有様では、殆ど戦争にも、こりていないようである。 禍いを利用する、なんでも利用して、より良くしようとする心構えは、文明の母胎であるが、それには、先ず、こりることが第一だ。 戦争で、みんな家を失った。家財も失った。そういうことも、これを利用するならば、災害が生きてくるのである。

禍いは、これを利用せよ。そして、進歩せよ。天災という言葉はマッ殺するようにならなければならぬ。地震にこりることを知らない魂は、戦争にもこりることを知らないのである。 』

※「福井の地震」とは、1948(昭和23)年6月28日の福井地震のこと。福井平野で発生したM7.1の直下型地震(震度7)で死者3,769人、家屋全壊・焼失40,035棟を出したもの。

坂口安吾(さかぐち あんご)は新潟県新潟市出身の小説家。第二次世界大戦直後の「無頼派」または「新戯作派(しんげさくは)」と呼ばれる作家の一人として活躍し、その後の多くの作家に影響を与えた。
本名は炳五(へいご)といい、地元の大地主である旧家の父・坂口仁一郎の12番目の子として生れた。 県立新潟中学時代、学校をサボってばかりいた炳五へ、漢文の先生から「 炳はアキラカという意味だが、お前は己に暗い暗五だ 」と言われ、それをそのままペンネームにしたという。
大正11(1922)年、二度の落第をさけて新潟中学を退学し、東京の私立豊山中学校に編入。一時、下北沢で小学校の代用教員となるが、21歳の時に教員を辞職し、東洋大学印度哲学科に入学。猛烈な勉強生活のため強度の神経衰弱となるが、フランス語など五ヶ国語の猛勉強の末にこれを克服する。昭和6(1931)年、処女作『木枯の酒倉から』を発表、その後『風博士』や『黒谷村』などで牧野信一や島崎藤村、宇野浩二などに認められた。京都、千葉、小田原など放浪する不遇な作家生活を続けていたが、敗戦直後の虚脱状態にあった昭和21(1946)年、新潮へ発表した『白痴』『堕落論』などが爆発的な評判を呼び一気に大流行作家となった。翌昭和22(1947)年に発表した初の探偵小説『不連続殺人事件』では江戸川乱歩の絶讃をうけ探偵作家クラブ賞を受賞。殺到する原稿依頼をさばくためヒロポン中毒となり東大病院へ入院したりしたが、昭和30(1955)年2月17日、群馬県桐生市の借家で脳溢血のため49歳で死去。

■「坂口安吾」氏に関連する防災格言内の記事
今週の防災格言<41> 小説家・芥川龍之介氏(2008.8.25 防災格言)
今週の防災格言<111> 小説家・志賀直哉氏(2009.12.28 防災格言)
今週の防災格言<139> 小説家・遠藤周作氏(2010.07.12 防災格言)
今週の防災格言<199> 浅田一氏(法医学者・精神医学者)(2011.10.03 防災格言)
食育の詩(浅田一「食偈(じきげ)」より)(2011.08.23 編集長コラム)

 

<編集長 拝>

 

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