『 いちばんの危機に直面する場合、そのときこそ、そのときまであまりだいじにしなかった釈迦とか阿弥陀仏をはじめて信ずるようになる。 』
ドナルド・キーン(1922~2019 / アメリカ出身の日本文学・日本文化研究者)
格言は、司馬遼太郎との対談『日本人と日本文化』(中公新書 1972年)より。日本人のモラルの根底や原型になっているのは何か、との対談から。
曰く―――。
キーン 日本人が長い歴史のなかでいちばん巧妙にしたことは、外国文化のなかからもっとも日本にふさわしいものを選択することだった。たとえば徳川時代の日本人の生活からいうと、生まれたときに、生まれたことをまず神道の神々に告げ、そして結婚式も神道ですが、ふだんの生活は儒教で、死ぬときは仏教的な法事がおこなわれた。しかもその三つの宗教、厳密には儒教は宗教じゃないでしょうけれども、ともかく三つはまったく原理的に違うものでしょう。それぞれに矛盾しているものです。
神道によりますと、人間が生きているこの世界は、いちばんいいところです。死んでからは、黄泉(よみ)という穢ならしい汚れの多いところへすべての人は行く。
仏教では、この世の中は娑婆であって、穢れ多いところである、死んでから清い浄土へ行く。
儒教のほうは、この世の中以外に世の中はない(笑)。
三つともまったく矛盾しあっているんです。日本人はその三つの宗教を同時に信じられるので、たいしたものだと思います。
司馬 私は結論から言いますと、日本人というのはやっぱり神道ですね。(ただし江戸期の平田神道や明治期の国家神道のあの神道ではなく、もっと原初的な。)ひじょうに古い形の神道、神道ということばもなかったころの神道というものが、いまだにわれわれのなかにあるのじゃないか。 ・・・《中略》・・・ 一つの神道的な空間というものが日本人にあって、その上に仏教がやってきたり、儒教がやってきたりするけれども、神道的な空間だけは揺るがないという感じじゃないでしょうか。
キーン しかし近松の心中物が人々の心をとらえたわけですが、もしもほんとに神道の思想だけしかなければ、心中というものはおこりえないし、それに人々が同情することもないと思います。心中の意味は、この世でいっしょになれなかった人間が、死んでから西方の浄土で同じ蓮の葉の上でいっしょになれると信ずる、仏教的な考え方で、神道のどの本を読んでも出てこない。
司馬 それは出てきません。
キーン しかも浄土で結ばれるという考えは、当時の日本人にとってひじょうに大切なことであったと思います。
・・・《中略》・・・
キーン ちょっと話がちがいますけれども、昭和二十三年に戦犯で死刑に処せられた人たちの最後の手紙を集めた書簡集というものがあるのですけれど、最後の手紙を書くような人は、もちろん特殊の人だったにちがいないのですが、だいたいにおいて仏教のことを書いている。仏教のことに言及しない人のほうがむしろ少なかったようです。神道のことを書いたものは一つもなかったと思います。
・・・《中略》・・・
いちばんの危機に直面する場合、そのときこそ、そのときまであまりだいじにしなかった釈迦とか阿弥陀仏をはじめて信ずるようになります。あのときに、もう近いうちに死刑に処せられると思っていても、天照大御神の名まえは言わないですね。
司馬 それは天照大御神はけっして頼りにならないからです。死後の世界を救ってくれませんから……。そこに良い意味でも悪い意味でも、日本人の便宜主義というのがあるわけで、いよいよおれが死ぬということになると、阿弥陀仏になるのですよ。
ドナルド・キーン(Donald Lawrence Keene)は、アメリカ・ニューヨーク出身の日本文学・日本文化史研究者。「徒然草」「おくのほそ道」などの古典や安部公房、三島由紀夫など現代作家の作品の英訳を行い様々な日本文化を欧米へと紹介したことで知られる。2008(平成20)年には文化勲章を受章。
1922年6月18日、ニューヨーク市ブルックリンに生まれる。両親の離婚により母子家庭に育ったが、奨学金を得て1938(昭和13)年、16歳でコロンビア大学文学部に入学。イギリスの日本史家ジョージ・サンソム卿(1883~1965年)らに師事し、この頃「源氏物語」の英訳を読み、日本文学の研究を志した。1941(昭和16)年12月、日米開戦後は米海軍日本語学校を経て海軍情報士官として日本語通訳官となり、玉砕した日本兵の遺書の翻訳や捕虜の尋問などに従事した。終戦後は、コロンビア大学大学院、ハーバード大学、ケンブリッジ大学で学び、1953(昭和28)年に京都大学大学院留学を経て、1955(昭和30)年からコロンビア大学助教授、後に教授、1992(平成4)年より名誉教授となった。数々の日本文化の著作を発表し文学賞など多数受賞。
ニューヨークで東日本大震災(2011年)の報に接した際に、一日も早く、日本に「帰りたい」との思いを募らせ、震災を機に日本への帰化を決め、2011(平成23)年9月より日本に永住し、2012(平成24)年3月に日本国籍を取得。2019(平成31)年2月24日、東京で死去。享年96。叙従三位。
他に、菊池寛賞(1962年)、山片蟠桃賞(1983年)、全米文芸評論家賞(1990年)、勲二等旭日重光章受章(1993年)、文化功労者(2002年)など。
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