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原栄(蒲生紫川)(1879~1942 / 夏目漱石門下の俳人、内科医・医学博士)の著書「肺病患者は如何に養生すべきか(1924年)」の名言 [今週の防災格言703]

time 2021/06/14

原栄(蒲生紫川)(1879~1942 / 夏目漱石門下の俳人、内科医・医学博士)の著書「肺病患者は如何に養生すべきか(1924年)」の名言 [今週の防災格言703]

『 流感大流行の際には“人を見たら流感病者と思え”という標語を忘れてはなりませぬ。 』

 

原栄(蒲生紫川)(1879~1942 / 医師・医学博士 夏目漱石門下の俳人 原内科医院長(大阪市西区))

 

曰く―――。

流行性感冒では、また肺炎とは正反対に病原菌はまだ確実には判ってゐないが、どうしてそれが病気を起すかといふことは、かなり確に判ってゐます。
病原菌は空気中に浮んでゐて、呼吸とゝもに吸入されて伝染する、謂(いわ)ゆる『真の空気伝染』といふものがあらうとは思はれません。
だが人類の密集して住んでゐる処では、既に病人になってゐる真の流行患者や、殆ど病人らしくはない極めて軽症の流感患者が咳をする際に、病原菌を沢山含んだ痰の屑片(くず)や唾液が、空気中に霧を吹いたやうに飛び散ります。
これが最も危険な伝染媒介物です。
こんな危険の多いものは、言ふまでもなく重い流感または流感性肺炎に罹った病人の寝てゐる病室内であります。
だが、私が前にお話したやうに、流感にも、その人々のその時々の体質で、同じ病原菌で、死に陥るやうな重症なのも起し、或は普通の感冒ぐらゐの軽いので済むこともありますから、現に床に就いてゐるやうな重症患者のみが危険ではありませぬ。
却(かえっ)て外出歩行などをしてゐても、何ともないくらゐの軽症患者の方が、遥に流行伝染の媒介をしてゐます。
ですから流感大流行の際には、『人を見たら流感病者と思へ。』といふ標語を忘れてはなりませぬ。
随って多数人の集る処には、常に危険が伏在してゐます。
なるべく近寄らぬに越したことはありません。
その適例は電車の中、活動写真場、劇場、デパートメントストアーなどであります。
こんな所では『マスク』の効用は確かにあります。
併(しか)し、人通りの少ない街上の歩行にも、絶えず『マスク』を掛けて歩く人がありますが、かやうな処では私は、全くその必要はないと思ひます。

格言は、著書「肺病患者は如何に養生すべきか」(1924年)の「(171)肺炎と流感の予防の要点は何か」より。

 

原栄(はら さかえ)は、明治30年代初め(1898年~1900年頃)のちの文豪・夏目漱石の熊本時代の俳句結社「紫溟吟社(しめいぎんしゃ)」の中心的俳人「蒲生紫川(がもう しせん / 本名は蒲生栄)」として活躍し、後に原姓に改姓、内科医として明治45年(1912年)から大正にかけて、身体の自然的活力を使って病気(慢性疾患や肺結核症など)を治療する「自然療法」を提唱、結核療養のための「サナトリウム療法(大気安静療法)」を日本で初めて系統的に紹介した医師として知られる。

明治12年(1879年)10月、福岡県生まれ。明治30年(1897年)、熊本の旧制第五高等学校(現在の熊本大学)第三部(医科)に入学。習学寮で同室だった厨川千江(本名・厨川肇 / 1878~1928)や寺田寅彦(後の物理学者 / 1878~1935)らとともに、俳句を教わるため当時五高の英語教師をしていた夏目漱石(1867~1916)の自宅を訪ね弟子となった。

漱石を慕い漱石の自宅に集った五高の生徒たち11人が中心となり新派俳句会「紫溟吟社」が設立されると、雑誌「日本人」や新聞「日本」などに句作を投稿し、その中心的な俳人として活躍した。紫溟吟社の設立時のメンバーには、原栄(蒲生紫川)、厨川千江、寺田寅彦のほか、白仁三郎(白楊、後の坂元雪鳥)、石川芝峰、平川草江、古橋蓼舟らがいた。

明治33年(1900年)7月、五高を卒業後は京都帝国大学京都医科大学(現・京都大学医学部)に進学。その後、原姓となり、明治37年(1904年)大学卒業後は明治42年(1909年)まで五年間を内科学研究室の中西亀太郎(内科学第二講座初代教授)の助手として研究に従事。明治42年(1909年)ドイツのベルリンへ医学留学。欧州の肺結核病院を視察して回った。帰朝後「アメーバ赤痢の研究」等の論文で明治45年(1912年)医学博士となり、大阪船場病院長に就任して以降、著書「肺結核早期診断及治療論(1912年)」「自然療法及結核叢談(1913年)」「通俗肺病養生の心得(1914年)」を発表。

大正9年(1920年)から雑誌「主婦の友」で「肺病予防療養教則」を一年間連載し、翌大正10年(1921年)から大正12年(1922年)秋まで二年28回に渡って雑誌「主婦の友」に「肺病患者は如何に養生すべきか」を連載した。日本の国民病とされた結核治療で「サナトリウム療法」を明確に教示した最初の人物として、当時の結核とその療養の啓発に力を注いだ「自然療養社」や結核回復者団体「複十字会」などの設立や活動に大きな影響を与えた。原栄自身は人前で話すのを苦手としていたらしく、自身がサナトリウム運営をしたり、他人を指導するような活動は行わなかったという。晩年は「肺病養生の心得(小冊子)」をまとめ、大阪市西区の原内科医院で院長として患者らに無料で配布した。昭和17年(1942年)9月8日、大阪箕面村櫻井の自邸で死去。64歳。

夏目漱石五高時代(明治32年頃)
五高時代(明治33年頃)
左・夏目金之助(漱石33歳)/前列右・原栄(紫川20歳)と思われる


参考資料:
村田由美著「漱石と「紫溟吟社」」(崇城大学「崇城大学紀要 46巻」2021年)
茂野吉之助著「原栄先生を悼む」(新潮社「療苑:随筆」1944年)
田邊正忠著「日本医史学会9月例会・神奈川地方会第7回学術大会合同会講演:田邊一雄と複十字会活動」(日本医史学会神奈川地方会だより (5),1996年)
日本医史学会「中外医事新報,696,706,773」(日本医史学会,1909-1912年)





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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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