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黒澤明（1910〜1998 / 映画監督）が関東大震災で罹災した際の名言 [今週の防災格言323]

time 2014/02/17

folder 先人たちの防災格言地震作家、芸能人

黒澤明（1910〜1998 / 映画監督）が関東大震災で罹災した際の名言 [今週の防災格言323]

『恐怖すべきは、恐怖にかられた人間の、常軌を逸した行動である。経験の無い人には、人間にとって真の闇というものが、どれほど恐ろしいものか、想像もつくまいが、その恐怖は人間の正気を奪う。』

黒澤明（1910〜1998 / 映画監督文化勲章・文化功労者・国民栄誉賞）

格言は自伝『蝦蟇の油（岩波現代文庫 2001年）』より。

京華中学（お茶の水）2年2学期の始業式の日、自宅前の通りで友人と遊んでいる最中に関東大震災の大きな揺れに遭遇した。黒澤明、13歳の時である。

曰く―――。

関東大震災は、私にとって、恐ろしい経験であったが、また、貴重な経験でもあった。それは、私に、異様な自然の力と同時に、異様な人間の心について教えてくれた。地震は先ず、私の周囲の風物を一変して、私を驚かせた。　＜中略＞　そして、その眺めの中で右往左往する人は、まるで地獄の亡者のように見えた。私は江戸川の護岸に植えられた桜の若木に掴まって、ふるえながらその光景を眺めて、ああこれがこの世の終りか、と思った。それから、その日はどうしたか、よくおぼえていない。

ただ、地面が絶え間なく揺れ続けていたことと、やがて、東の方の空に、原爆の雲のように、むくむくとせり上る大火災の煙がひろがり、それが空の半分をかくすほど、高く聳（そび）えたことだけはよくおぼえている。
その日の夜は、火災を免れた山の手一帯も勿論停電で、電燈は点かなかったが、下町の火事の光で意外と明るかった。　＜中略＞　しかし、恐怖すべきは、恐怖にかられた人間の、常軌を逸した行動である。
下町の火事の火が消え、どの家にも手持ちの蝋燭がなくなり、夜が文字通りの闇の世界になると、その闇に脅えた人達は、恐ろしいデマゴーグ俘虜（とりこ）になり、まさに暗闇の鉄砲、向う見ずな行動に出る。経験の無い人には、人間にとって真の闇というものが、どれほど恐ろしいものか、想像もつくまいが、その恐怖は人間の正気を奪う。
どっちを見ても何も見えない頼りなさは、人間を心の底からうろたえさせるのだ。文字通り、疑心暗鬼を生ずる状態にさせるのだ。
関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は、この闇に脅えた人間を巧みに利用したデマゴーグの仕業である。私は、髭を生やした男が、あっちだ、いやこっちだと指差して走る後を、大人の集団が血相を変えて、雪崩のように右往左往するのをこの目で見た。

黒澤明（くろさわあきら）は「世界のクロサワ」として知られる日本映画を代表する映画監督。東京府荏原郡大井町（現東京都品川区東大井）生れ。
1936（昭和11）年、P.C.L.映画製作所（後の東宝）に入社、映画監督・山本嘉次郎に師事。1943（昭和18）年『姿三四郎』で監督デビュー。1951（昭和26）年「羅生門」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。1954（昭和29）年「七人の侍」がヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞。1975（昭和50）年「デルス・ウザーラ」でモスクワ映画祭金賞、アカデミー外国語映画賞を受賞。1980（昭和55）年「影武者」でカンヌ国際映画祭パルム・ドール（グランプリ）受賞。「生きる」「隠し砦の三悪人」「用心棒」「天国と地獄」など監督作品は30にのぼり、国内外の映画作家らへ多大な影響を与えた。1998（平成10）年9月6日、脳卒中により88歳で死去。死後に映画監督として初の国民栄誉賞を受賞した。