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津田真道が著書『泰西法学要領』に書き記した格言(法学者)[今週の防災格言398]

time 2015/08/03

津田真道が著書『泰西法学要領』に書き記した格言(法学者)[今週の防災格言398]


時勢じせいに論ずるもの少なしとせず、
されどもみな目前もくぜんを救ふ急策きゅうさくにして、遠大えんだいろんを見ず。 』

津田真道(1829〜1903 / 幕末・明治初期の法学者・啓蒙思想家・官僚)

格言は著書『泰西法学要領(1866年)』より。

津田真道(つだ まみち)は、日本で最初の近代法学書『泰西国法論』を刊行し、明治期における統計や国法の権威として知られた人物。
1829(文政12)年、美作国津山藩上之町(現岡山県津山市)の津山藩の料理番をしていた津田文行の長男として生まれる。幼少から漢学を学び、1850(嘉永3)年に江戸に遊学し、箕作阮甫(みつくりげんぽ / 1799〜1863)と伊東玄朴(いとうげんぼく / 1801〜1871)に蘭学を、佐久間象山(さくましょうざん)に兵学を学んだ。
1857(安政4)年、幕府に出仕し、蕃書調所教授手伝並となる。1862(文久2)年、幕命により西周(にしあまね / 1829〜1897)と共にオランダに留学し、ライデン大学のフィッセリング教授(Simon Vissering / 1818〜1888)に師事。法学・経済学などを修めて、1865(慶応元)年に帰国すると、幕府直参として開成所(後の東京大学)教授となった。翌1866(慶応2)年には、フィッセリングの講義訳を『泰西国法論』と題して刊行した。
幕末には、陸軍騎兵差図役頭取を経て、幕府目付役となり、明治維新時の大政奉還では徳川家中心の憲法案を構想したという。
新政府では司法省へと出仕し、刑法典『新律綱領(しんりつこうりょう)』の編纂や人身売買禁止を建議した。1871(明治4)年には外務権大丞となり日清修好条規締結に際し伊達宗城(大蔵卿)全権大使の副使を務めた。
1873(明治6)年、福沢諭吉らと新思想団体「明六社」を創設し、その機関誌『明六雑誌』に多くの啓蒙的論説を発表した。裁判官や元老院議員を経て、1890(明治23)年の第1回衆議院議員総選挙に東京8区から立候補し当選、初代衆議院副議長を務め、のちに勅選貴族院議員となった。1900(明治33)年に男爵に叙せられ、1903(明治36)年には「法学博士」となったが、同年9月3日、東京麹町で没。75歳。

■「津田真道」に関連する防災格言内の主な記事
松井茂 (明治の警察官僚・法学博士)(2008.12.01 防災格言)
福沢諭吉(2010.09.20 防災格言)
佐野常民(2013.02.11 防災格言)
勝海舟(2012.12.03 防災格言)
浜口梧陵(ヤマサ醤油第7代目社長)(2007.12.24 防災格言)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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