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油断!は、過去の話か、現在の話か。有事に必要な自助の精神。|堺屋太一『 油断! 』(1975年)【リスクの本棚(連載第9回)】

time 2026/03/23

油断!は、過去の話か、現在の話か。有事に必要な自助の精神。|堺屋太一『 油断! 』(1975年)【リスクの本棚(連載第9回)】

私たちの住む“島国”日本は、石油と天然ガスの多くをサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート、イラン、イラクなどの輸出余力のある中東諸国からの輸入に依存しています。つまり、日本へ輸出される石油の8割、天然ガスの2割は、中東・ホルムズ海峡を通って日本に入ってきています。もし中東が有事となったら…。2026年2月28日に始まった米軍・イスラエルによるイラン攻撃以降、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態となりました。2026年3月(現在)再びこの本が、いやなほどの現実味を帯びてきています。秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」の第9回は、元通産相官僚出身のエコノミスト作家・故堺屋太一氏の近未来予測シナリオ小説『油断!』を取り上げていただきました。
※初出:2021年4月23日 更新:2026年3月23日


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.9

堺屋太一『 油断! 』(1975年)

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)

 

■ 油断!は、過去の話か、現在の話か。有事に必要な自助の精神

1970年ごろのことである。通商産業省(現・経済産業省)は、有事の備えとして石油の備蓄を増やそうとしていた。中東で紛争が発生すると、世界でもっとも困るのは日本であることは明らかだったからだ。日本はこのとき、全エネルギー源のうち75%を石油に頼り、そのうち99.7%が輸入、さらにはその8割以上が中東からだった。しかしながら、学者やマスコミは、新油田の発見や代替エネルギーの登場をもってバラ色の未来を語っていた。ある新聞は、公害問題の観点から、原油流出の可能性がある備蓄タンク建設への反対運動の喚起にやっきになっていた。そのようなことから、有事に備えた石油備蓄タンクの建設は、完全に止まったままであった。

『油断!』は、そうした時代の空気の中から始まる。

油断! (文春文庫 193-1) Kindle版 堺屋 太一 (著)
油断!(文春文庫 193-1)

エネルギー問題を所管する通産省は、本来であれば、中東有事のインパクトをシミュレーションし、その結果をもって何らかの対応策を打つ必要性を社会に公表すべきであった。しかしながら、それはできないという。そのような調査をしていること自体が世間を動揺させ、悪くすれば外交問題を引き起こす、というのである。さらに困ったことに、日本政府は中東をめぐる地政学的問題や通商問題に対して有益な情報を獲得するルートを持っておらず、情勢変化の兆候さえ見つけられないのである。

そのような状況を知ったある民間企業の社長が1億円を拠出し、通産官僚も関与した形で、極秘に調査が行われることになった。京都大学の新進気鋭の経済学者をはじめとする各界の専門家が集い、最新のコンピュータと最新の手法による分析を行うのである。それは1年にもわたる膨大な調査研究であったが、その結果は驚くべきものであった。もし何らかの事情で石油の輸入が3割減少したとすると、100日目で1000人の死者、200日で300万人の死者が出る。そして全国民財産の7割が減少するというのである。これは、太平洋戦争で日本が被った損害と同じである。

ここまでは、あくまでシミュレーションであった。しかし、中東で紛争が本当に起こってしまったのだ。具体的には、イスラエル対エジプト・シリアの対立が激化し、石油パイプラインをはじめ各所が爆撃された。そして反撃が反撃を呼び、中東は完全に戦火に巻き込まれてしまったのである。

何の準備もなかった日本政府は、何をしてよいかわからない。過去の中東危機を例にとって、短期で終息するという根拠なき見通しを発表しただけである。一方、欧州は為替相場をすぐに取引停止にした。世界が動揺し、東京証券取引所の株価も急落した。世間では、オイルショックと同様の食料品の買いだめが過熱し、スーパーの店頭から一気に商品がなくなった。政府は、買い占め、売り惜しみを断固として抑えていくとして、人びとの焦る気持ちを静めようとしたが、言っただけである。中東紛争は続き、経済情勢はいっこうに改善しなかった。だんだん石油の不足が現実のものとなってきたため、政府は石油消費の10%削減を打ち出した。欧州はすぐに15~20%の削減を行っていたのに、日本はそこでも後手に回る。最初から最悪に備えて大きなショックを与えた方がよいのだが、漸進的な対応しかしようとしないのは政府の常である。一方、石油を自給できるソ連、アメリカは余裕の姿を見せる。

そうこうしているうちに、日本および世界の石油輸入国にとって最悪の事態が発生した。ホルムズ海峡をはさむオマーン側がロケット攻撃を受け、船舶の航行が封鎖されてしまったのである。中東の石油は、そのほぼすべてが、イランとオマーンの飛び地に挟まれたホルムズ海峡を通過する。海峡の幅は50キロほどあるのだが、海底の地形から大型タンカーはオマーン寄りの4キロほどの幅のところしか走行できない。その近辺が危険にさらされることになり、石油が日本に届くルートが途絶えてしまった。

タンカーが中東から日本に着くまで、最低50日かかる。ホルムズ海峡が閉鎖される前にすでに中東を離れていたタンカーが日本に五月雨式に到着するので、備蓄分65日とあわせて、しばらくの間、すなわち100日超程度は油が断たれることはない。しかし、すでに中東を出発するタンカーはなくなっている。早晩、日本のエネルギーが枯渇するのは明らかであった。

このとき、日本の警察、消防には石油の備蓄はなかった。少ない石油を戦略的に傾斜配分して割り当てようとすると、皆が大騒ぎして話がまとまらない。物価は高騰し、エネルギー不足から物を作れない会社が続出した。経営的に追い詰められた企業に対して緊急融資枠が設定されたが、非常時にもかかわらず、細かい手続きをしっかり守る政府系金融機関や自治体職員によって、融資はまったく進まない。通産省が極秘に計画した石油の30%削減案がマスコミにすっぱ抜かれると、社会はパニックになった。抗議のデモと陳情の人波で霞が関は揺れた。

冬を迎えた北海道では、灯油がなくなり凍死者が出た。石油よりも先にガスが枯渇しはじめ、供給時間を制限した。今度はそれが契機になり、日本中で6000件以上の火事が発生し、その結果、2万人以上もの人が死亡してしまった。大きな停電が頻発するなか、電圧の異常低下から銀行のシステムがダウンし、その波及効果で銀行の決済システム全体が機能しないことが予測された。そしてモラトリアムが宣言された。銀行の決済機能の停止である。物不足は過熱し、大阪や東京で大暴動が発生する。大混乱の中、政府は内閣総辞職を発表したのであった。

最終的に、ホルムズ海峡は198日目に封鎖が解除された。しかし、日本が被る被害はまだまだ続いた。食糧難とエネルギー難は簡単には収まらず、さらには農業が軒並み大凶作になった。石油がないとコメも取れないのである。産業組織も崩壊した。このことによる最終的な被害は測定できないほど大きなものであった。シミュレーションの示した結果は、おおむね正しかったのである。

このような非常時においては、平時の能吏には何の価値もなかった。生命力のある者は、どこかから食料を調達し、たくましく生きていく。さらには、調査資金を拠出した社長は、調査の結果をもとに秘密裡に海外に石油を備蓄し、高騰した後にそれを日本に持ち込み、莫大な富を得ていた。通産省職員である主人公は、この行動を非難する。これに対して、社長はこのように言い放つ。

つまり、あんたらは、私どものしたことで日本と日本人がようなったか、悪なったかということを考えんと、それで私どもが儲けたかどうかだけを考えて、感情的になっておられる。それが問題や。一緒に苦しみ一緒に飢え、そして一緒に死んでくれる人は許せても、一人だけ安楽と栄華を極める奴には腹が立つ、そういう嫉妬心こそ、この日本をいまの窮地に陥れた元凶なんや。それが世の中を暗くし、硬直させ、盲目的な暴動に追いやるんですわ。本当の世の中の進歩と安全をもたらす人間は、ともに涙を流す無能な聖者と違ごて、勇気と先見とで人の動きと世の流れを抜きんでる者なんです。お互い頼り合うてふわふわ生きる追随心やのうて、自らの決断と責任に賭ける自助の精神だす

官僚による統制ではなく、商人のリスクテイクにこそ社会の発展の基礎がある――そう考えた著者の主張が、この社長のコメントに代弁されている。

さて、『油断!』は、著者によれば世界最初の「予測小説」であり、いまでいうならシミュレーション小説である。もっとも、文庫化にあたって堺屋太一自身は、日本の石油備蓄が増え、エネルギー源の多様化も進んだ以上、たとえ作中のような長期の混乱が起きても、日本はかつてほど脆弱ではないだろうと書いていた。

しかしながら、2026年3月の現在、この本は再び、いやなほどの現実味を帯びてきている。ホルムズ海峡をめぐる緊張は、もはや遠い国の不安定要因ではない。周辺海域では3月に入ってから商船や海洋インフラをめぐる海上保安インシデントが相次ぎ、JMICは脅威水準をCRITICALと評価している。IMOでは、海峡周辺で足止めされている約2万人の船員を念頭に、安全回廊の設置まで議論される事態になった。『油断!』の世界は、もう「大げさな想像」として安全に読むことができなくなってきたのである。

もちろん、1970年代の日本と2026年の日本は同じではない。備蓄は厚くなり、エネルギー源もある程度は分散された。だが、それで安心できるわけではない。日本はなお、原油輸入の9割超を中東に依存している。政府の戦略エネルギー計画自身が、ホルムズ海峡のようなチョークポイントの悪化は日本のエネルギー安全保障に直結すると認めている。LNGや石炭は原油ほど中東偏重ではないとしても、海外依存そのものから自由になったわけではない。つまり日本は、昔よりましにはなったが、依然として「遠い海の緊張」に首根っこをつかまれている国なのである。

しかも、いまの社会は1970年代よりずっと厄介である。電力、通信、物流、決済、医療、介護、データセンター――社会基盤の多くが、目に見えないかたちでエネルギーに深く埋め込まれている。だから危機の本質は、「石油が足りるか足りないか」だけではない。どこで止まり、どこから乱れ、誰が先に困るかが見えにくいまま、社会全体がじわじわと不自由になっていく。そのときたいていの人は、実際に棚が空になり、配送が遅れ、値段が跳ねるまで、平時の気分を捨てない。政府も企業も生活者も、危機の初期にはたいてい「まだ何とかなる」と思いたがる。堺屋太一が見抜いていたのは、資源危機そのものというより、その局面で露呈する人間と組織の鈍さだったのだと思う。

そう考えると、『油断!』の本当の主題は、石油危機そのものではない。危機の兆候が見えていても、政府も企業も国民も、平時の感覚をなかなか捨てられず、対応を先送りし、その結果として被害を自分たちで大きくしてしまう――その「油断の構造」こそが、この小説の核心である。

このような時代に必要なのは、やはり自分の力で情報を集め、考え、備えるという意味での「自助」の精神だろう。もちろん、小説の中の社長のように大胆な投機的行動をとれ、という話ではない。だが、国家や組織が何とかしてくれるだろうと漫然と構えているだけでは危うい。家庭でも企業でも、それぞれの立場で最低限の備えを見直し、自分なりの判断軸を持っておく必要がある。危機が深まってから慌てて動くのでは遅い。『油断!』が本当に突きつけているのは、その当たり前で、いちばん難しいことなのである。

『油断!』は半世紀前の作品である。にもかかわらず、いま読み返して少しも古びていない。いや、古びていないどころか、2026年3月の今だからこそ、いっそう不気味に響く。危機は来るか、ではない。来るとき、人はまだ油断しているのか――。堺屋太一が本書で投げかけた問いは、いまなおそのまま私たちの前にある。


 


評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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