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鈴木重胤が安政江戸地震(1855年)の時に残した名言(1812~1863 / 幕末の国学者)[今週の防災格言415]

time 2015/11/30

鈴木重胤が安政江戸地震(1855年)の時に残した名言(1812~1863 / 幕末の国学者)[今週の防災格言415]


惣体そうたい高見之所たかみのところことごとやわらかに御座候ござそうろう。 』

 

鈴木重胤(1812~1863 / 幕末の国学者)

 

口語訳『総じて高台の家は(被害も少なく)穏やかであった。』
格言は震災5日後に知人へ宛てた手紙「地震 安政二年ヵ」(「鈴木重胤翁遺稿片影(昭和18年)」集録より)。

安政2年10月2日(現行歴1855年11月11日)深夜22時頃、東京湾直下で発生したM6.9の大地震「安政江戸地震」で、江戸市中では1万人が亡くなった。
重胤の江戸小梅村(現墨田区向島三丁目付近)の自宅も倒壊、妻子が下敷きとなるが皆無事に生き延びたという。仕事の著書や書物など紛失せずに無事だったものの、食料や物資が買えずにとても困ったとも述べられている。

曰く―――。

棟落家潰れ其下敷に相成候否、近辺より出火 妻子下婢共 助くれ候様呼ばり候へ共(ども)、いかにいたし候て 身うごき出来不申(もうさず)、よくよく天運相尽き 此ままにて 焦土と相成候半 ≪中略≫ 小子 妻子 直太郎 下女 都合五人無事安泰 生き延申候。神様御宮は少しも無欠損 御茶わん 土器之様之品々迄 少しも損じ不申。著述等一枚も無紛失 かつ抄録之書物等 少しも亡失不仕候。是のみ大悦に御座候。乍去(さりながら)大なる瓦家の 押つぶれ候事故、其外之品々 一つとして用に相成候品無之、土蔵も半くづれ 其上 衣類等は盗人之手にとられ 少々より残り不申候。乍去(さりながら)近辺(きんぺん)悉(ことごと)く火災死人手負数を不知中へ、小生一軒焼け不申 家内無事著述平安御降心可被下候。乍併(しかしながら)金銭之絶(きんせんのたえ) 米價 登庸 屋材 不沽(かえず)殆ど難渋、今度は江戸中之義に候故 唯一人助人も見舞候人も無之、女子供を相手に致し埋れ物を掘出し居申候。地震于今不止就之外へ二三枚の土間を囲居申候。九月廿六日(9月26日)頃より又々水気にて候所、湿地に候故又々水気つよく相成候。さりとて借宅も何も無之、江戸中にて千家七八分之損じに御座候故、何をどういたし候事も出来不申(もうさず)候。但(ただし)親類縁者無事 清七もつぶれ候へ共無事、加藤八郎は少し家いたみ候位にて家不潰 惣体高見之所は悉く和らかに御座候。就中 下谷 浅草 本所 深川 大地震、家も七歩位損亡之内 四歩迄は焼亡と見え申候。大名にては松平下総守、安藤対馬守、大名御役人方等よほど打れ死申候。

 

鈴木重胤(すずき しげたね)は、幕末期の国学者。平田篤胤の没後の門人として、その志を継いで、諸国を遊歴しながら篤胤学(復古神道:幕末期に尊皇攘夷派に支持された思想)を説いた。後年は「日本書紀」の注釈書の著述に専念するが、不幸にして江戸の自邸にて刺客により暗殺された。

1812(文化9)年、淡路国津名郡仁井村(現兵庫県淡路市仁井)の庄屋の次男として生れる。幼名は雄三郎。通称は勝左衛門。諱は重胤、巌橿本(いつかしもと)、橿廼家(かしのや)と号す。
1825(文政8)年、14歳の頃、大坂鴻池家や神戸村橋本家で商業見習いの奉公をしながら、父の庭訓に従い国学を志望し学問に励み、1831(天保2)年、20歳の頃には、大阪に私塾を開き和歌・俳諧を教授していたという。
国学者・本居宣長の学説に憧憬し、1832(天保3)年、書信で平田篤胤(ひらた あつたね / 1776〜1843)に入門。次いで1834(天保5)年ころ大国隆正(おおくに たかまさ / 1793〜1871)に入門。1843(天保14)年、篤胤を秋田に訪ねたが、既に病死していたため、死後五十日祭にあたり墓前で没後の門人となった。
1844(天保15)年、秋田、庄内を経て、出羽国大山の旧家大滝光憲らの支援を受けて江戸へと入り日本橋村松町(現中央区東日本橋付近)に転居。1848(嘉永元)年から「延喜式祝詞講義」「世継草」「日本書紀伝」等の著述を始めた。1857(安政4)年、篤胤の養子・銕胤(かねたね)らと不和となり、翌年平田家から破門される。1863(文久3)年9月27日、江戸向島小梅の自宅で何者かの手により暗殺された。52歳。
一説には、廃帝故事調査で幕府奸吏と通じたとして、平田門人(尊皇派)に報復されたともいわれている。墓は長延寺(東京都杉並区)にあり、1919(大正8)年正五位が追贈された。

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<防災格言編集主幹 平井敬也 拝>

 

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