『 不意の地震に不断の用意 』
東京都銀座四丁目 数寄屋橋の震災記念塔(昭和8(1933)年建立)より
東京都心のど真ん中、有楽町(銀座四丁目)駅前の数寄屋橋交差点の一角に、ひっそりと建つブロンズ像がある。
関東大震災十周年の記念塔として昭和8(1933)年9月1日に、募金(震災共同募金会)により建立されたもので、作者は、長崎原爆の平和祈念像でも知られる彫刻家・北村西望(きたむら せいぼう)である。
台座には、当時の朝日新聞社が全国から一般公募して選んだ『不意の地震に不断の用意』の標語が刻まれ、震災を忘れず二度と惨害を繰り返さぬように広く注意を喚起している。
下村海南著「震災記念塔 数寄屋橋畔の除幕式」(非常時漫談(昭和8年)より)
昭和八年九月一日、関東大震火災十周年を記念とする午前十一時五十八分、数寄屋橋の新小公園において、教会の鐘サイレンの響き交通信号のベル、さてはモノスパー義勇号の飛行機の爆音を聞きつゝ、震災共同基金会の主催東京朝日新聞社の後援の下に、震災記念塔の除幕式が行われた。
記念塔は「不意の地震に不断の用意」なる当選標語を徹底せしむべく立てられた青年の青銅像であって、会長有馬頼寧伯の令孫であり、また斎藤首相の令孫である百子さんの可愛らしい手によりて除幕された。
先ず赤坂日枝神社の宮西宮司の修祓の行事がある、此前の銀座の柳の植樹式の時にも感じたことであるが、あの数寄屋橋畔における神官の行事、それがかなり四園の環境とあまりにも隔たりがあるやうで、しかもその東西の特異性が縦横に織り込まれてゆくところに昭和日本の情緒がある。かういふところを近いホテルに滞在の欧米の観光客の眼にも、止まらせて見たいといふ感じが湧いてきた。
有馬会長なり筆者の挨拶があり、当時の警保局長であった後藤文夫農相、当時の東京市長であった永田秀次郎君の祝辞がある、更に式終りてのち北白川宮並に竹田宮両大妃殿下をはじめ六宮殿下の御立寄りあらせられたことは限りなき光栄であった。
西村友馬翁
除幕式の儀式万端に音頭を取ってる老人がある、消防の親方らしくも、在郷軍人の親爺さんのやうでも、有るやうでもあり無いやうでもある。それは王子の印刷屋の主人西村友馬翁である。青年団の世話役として熱心な古顔で売れてゐるが、また此の会の常務理事として、十年一日の如く骨身を惜まず活動をつゞけてる。共同基金会は有馬伯の主唱により成立してからこゝに九年、此間募集された基金は六万円を超え、但馬、十勝岳、沼津、奥丹後、熊本、弘前、豆相、北武蔵、三陸等の風水震災をはじめ、ビルマや北米加州の震災にまで、相当まとまった寄付もしてゐる。震災記念堂、記念館、東大の地震研究室、南海地動研究所へも寄付してる。講演に映画に絶えず不断の地震と不断の用意につき警告を与へてる。当日も青少年六千七百名の街頭汗の奉仕により四千万円の金が集められてゐた、それは会長はじめ青年団少年団等の不断の努力によるもので、殊に西村翁なりまた高樹町の有馬邸の空地にテント生活をつゞけてる主事橋本喜代太君などの熱誠なる活躍にまつ事が少くない。分かり切った事であるが、何事もそこに真面目な熱心な人が二三人真棒になって奮闘をつゞける、土壌も積んで大山となるのである。
北村西望教授
記念塔の青銅像は美術学校の北村西望教授によりて作られた、兜を装ひ、しかも左手剣に代ふるに書冊を、右手炬火を捧げて、何ものかを永遠に警告せる青年像である。西望氏の言によればこの金箔が次第に剥げて、二三十年を経ると最も見頃になると思ふといふ。又その不意の地震に不断の用意なる文字は、そのまゝ粘土ででつちあげたので、他人が筆にせるものをきり取ったのでは、それは時を隔てた感じのちがった二人の合作となり、字が死んでしまふ、自分がそのまゝでつちあげる、だから、あの文字の表面にも高低がある、そこに文字が生きてくるこれは自分としての新しい試みであるといふ。
美術家には美術家らしい、趣味といふか信念といふか、いかにもゆかしい感覚を持ってるものかなと、記念塔の前に立ちてつくづくと標語の刻せられたるあとを見たら、さう思うて見ると成ほどさうしたものかなあといふ気分も出てくる。由来欧米では市街の至るところに建築に彫刻に美術の作品が見られる、大東京の街も少しはさうした風に芸術的に美化されたい、この記念塔もその意味においても意義がありはしないか。
東京の大震火災、もし市民にして不断の用意あらば、鮮人騒ぎなどあるべきで無い、二十二万の家屋を焼き六万の生霊を失ふはずが無かった。不意の地震に不断の用意、もし日々千万を算する街頭の人、この前を過ぐるごとに一念こゝに及ばゝ、この記念塔や誠に意義深く且つ大なるものがあらう。
不意の地震に不断の用意、それは一東京の問題でない、一地震の問題でない。(八・九・九・週間朝日九月号)
「大震火災」
極東の 桃源に夢を むさぼれる
民眼ざめよと 大地は震ふ
大地震(なゐ)に 劫火燃えさかる 帝王の
みやこの空の 一輪の月
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