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安政地震(1854年の南海トラフ巨大地震)の石碑「岸本飛鳥神社懲毖(高知県香南市)」に遺る格言から[今週の防災格言573]

time 2018/12/17

安政地震(1854年の南海トラフ巨大地震)の石碑「岸本飛鳥神社懲毖(高知県香南市)」に遺る格言から[今週の防災格言573]

『 諺に油断大敵とは深意あることにて
 仮初かりそめに思うべからず。 』

安政地震の石碑「岸本飛鳥神社懲毖」(安政5(1858)年9月建立)より

《 世変はいつあらん事、予め知り難し。
されど常に菟(とも)あらん時は、角(かく)と用心せば、今その変に遭いても狼狽せざるべし。

今の人々、寛永の変(※1854年の安政地震の前に発生した1707年の宝永地震のこと)を昔話の如く思って、既に油断の大敵に遭いぬさるによりて、後世の人々、今回の変事を昔話の如く油断・患(うれい)なからしめんため、事の由を石碑に彫りて、この神社と共に動きなく万歳の後に伝えん 》

―――と続く。

1854(嘉永7)年12月23日と翌24日。
安政東海地震(東海道沖が震源)と安政南海地震(紀伊半島から四国沖を震源)が連続発生した。

この地震直後に各地を10メートル以上の巨大津波が襲い、関東・東海・近畿・中部・四国・九州などで数千名が亡くなる大きな被害となった。
あまりの大災厄に、時の幕府は元号を「安政」へと改めた。

今でいう南海トラフ巨大地震である。

日本の歴史に記録された南海トラフ巨大地震の最古の記録は684(天武天皇13)年の白鳳地震で、以来、記録に残る南海トラフの巨大地震は実に8回(9回との考えもある)を数える。

甚大な津波被害を被った四国地方では、90年~200年の長い時間をくり返しては必ずやってくる巨大地震を後世の人たちに伝えるため、四国各地に数多くの石碑を建てた。

飛鳥神社(高知県香南市香我美町岸本)の境内にある「岸本飛鳥神社懲毖(きしもとあすかじんじゃちょうひ)」もその一つである。

※懲毖(ちょうひ)とは、懲りて慎む、の意。

《岸本飛鳥神社懲毖 全文》
諺に油断大敵とハ深意あることにて仮初(かりそめ)ニおもふべからず / 安政元寅年(※1854年)十一月の事なりき朝五時頃(※午前8時)常に覚へぬ程の地震して岸本の浦塩のさし引十間余の違あり / 又手結の湊内も干揚りて鰻をうることなど夥(おびただ)し / 同日両度小震すしかハあれど / さばかり驚く人もあらざりしを / 翌五日八時過(※午後2時)大に震動すること三度 / 七時過(※午後4時)大雷鳴の如きどろどろと響くと / ひとしく大地 震すこハいかにと衆人驚く程こそあれ / 家蔵高塀器物の崩れ破るヽ音さらニいふ斗(ばかり)なし / 逃んとすれとも目くるめきて / 自由ならずほうほう(這う這う)家を出けるに / 津波打来りて当地は徳善町より北の田中赤岡ハ西濱並松の本吉原ハ庄屋の門までに及び / 又川尻の波ハ赤岡神輿休のほとりまでにいたり / 古川堤夜須堤も押切られて夜須の町家など過半流失す / かくて人々ハ老を助け幼を携へ泣叫びつヽ王子須留田又ハ平井大瀧寺の山へと逃登りて命助かりぬ / 此時国中の官舎民屋多く転倒し / 就中(なかんずく)高知下町幡多中村ともに失火ありて一円焼死し凡て怪我横死何百人といふ事なし / 幸甚なるかな此地ハ神祇のの加護によりて一人の怪我もなく / 彼(かの)山々ニ己家(こや)をかまへ / 日を経るに随ひて震もいさゝか穏かに成しかハ / 恵あまねき大御代(おおみよ)の忝(かたじけなさ)を悦(よろこび)つヽ / 皆己(おの)が家に帰りきぬ / 抑(そもそも)宝永四年(※1707年)の大変ハ今をさること百四十八年になりぬれバ / 又かゝる年数にハ必(ず)変事の出こんなどいふ人もありなめ(あるだろう)と / 世変はいつあらん事 / 予(あらかじ)めしりかたし(知り難し)/ されど常ニ菟(とも)あらん時は / 角(かく)と用心せバ / 今其の変にあひても狼狽せさるへし / 今の人〃寛永の変を昔はなしの如くおもひて / 既に油断の大敵にあひぬさるによりて / 後世の人〃今の変事を又昔咄(むかしはなし)の如くいおもひて油断患(うれい)なからしめんため / ことのよしを石ニゑ(え=彫)りて / 此御社と共に動きなく万歳の後に伝へんとふるひおこしたるハ / 里人が誠心のめでたき限りにぞありける / 千規たまたま高見(※赤岡町高見)の官舎に祗役(しえき=役に奉ずる事)して / 倶(とも)に彼の変事に逢(あい)たれバ其のよし書て / よと人々の乞ふニまかせてかくハ記し侍(はべ)りぬ穴賢(あなかしこ)/ 安政五年戊午季秋穀旦(※1858年9月吉日)

写真:Google Mapより

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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