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下村海南(下村宏)が日本少国民文庫「これからの日本、これからの世界(昭和11年)」の中で肺結核感染症の予防について述べた名言(新聞経営者・官僚政治家・歌人 拓殖大学学長(第6代))[今週の防災格言642]

time 2020/04/13

下村海南(下村宏)が日本少国民文庫「これからの日本、これからの世界(昭和11年)」の中で肺結核感染症の予防について述べた名言(新聞経営者・官僚政治家・歌人 拓殖大学学長(第6代))[今週の防災格言642]

『 うつらぬ用意よりも、うつさぬ用意 』

下村海南(1875~1957 / 新聞経営者・官僚政治家・歌人 拓殖大学学長(第6代))

格言は日本少国民文庫・下村宏著「これからの日本、これからの世界」(新潮社 1936年)より。

「結核予防法」施行により小学校就学前の乳幼児を対象に「BCGワクチン」の接種がはじまった昭和26(1951)年4月からさかのぼること15年前。
若い人の肺結核が社会問題であった昭和11(1936)年のお話である。

この当時、医師の診断書に「肺結核」と記された日本の肺結核患者は約123万人で、この患者の10人に1人が亡くなった。年間の死亡者は約12万~13万人である。当時はこの名を嫌って他の類似の病名「胸膜炎」や「肺尖カタル」だとかにする例も多かったため、類似呼吸器病を全部勘定に入れると、死者数は倍以上にものぼるという。

全国の小学校児童1000万人のうち、落第欠席する児童は年65,000人、その一割が病死とされ、病死の半数が呼吸器病疾患であった。
全国の中学(中等程度の学校)では、13,000人が退学休学し、7日以上の病気欠席者47,000人、この中から約5,800人は病気で途中落伍し、その罹病者の七割までが結核性病患であるといわれている。
更に高等学校生徒の一割以上が結核患者という。

曰く―――。

《 この呼吸器疾患は若い人たちに最も感染しやすい。だから国家の中堅になろうという、十五歳から三十歳までの青壮年者が最も多くこの病気にかかり、この年齢になって死亡する約十五万人の中の半数以上は結核で亡くなっている。もし健康体であり、殊に呼吸器の丈夫な人ならば、感染しても発病したり寝付いたり死んだりしない。却って体内に肺病に対する抵抗素ができて、いわば免疫になるとの事である。

・・・《中略》・・・

日本では何分にも公共衛生知識が発達していないため、結核病菌は広く伝播して、少なからぬ若い人々がそのために死に、しかもその数は年毎に増加しつつあるのである。

中にも気になることは小学校の先生たちの肺病にかかる事である。現在では、全国約二十万人の小学校の小学教員中に、かれこれ五千人の肺病患者があり、毎年五百人位づつ肺病のために亡くなりつつある。
病気は肺病にかぎらず、どんな病気でも、初めの軽いうちに手当をすれば早く治る。こじらして重くするから手おくれになり、生命(いのち)まで失う事になる。

・・・《中略》・・・

ところが肺病は軽いうちはそう苦しくもないので、療治どころか、やはり平日のように仕事をつづけがちである。まして小学校の先生などは、学校を長く休んで療治にかかれば、病気のなおる前に教員の職を失うことにもなる。それで休む気にもなれず、ついずるずるに仕事をつづけてゆく。病気は次第に重くなる、どうしても職をとる事ができなくなり、学校を休まねばならないようになった時は、もう手おくれとなり、その大部分は生命を失う事になるのである。

早く手当てができずに病に斃(たお)れる先生たちも誠にお気の毒であるが、しかし病気を押して教壇に立っている間に、知らず知らず児童に病気をうつすことになる。こうして早くから結核菌を植えつけられる小学校の児童もまた可哀想なことである。

・・・《中略》・・・

結核病とわかったときには、病気をなおすということも大事であるが、同時にその病毒を他に伝染させぬよう、よく予防しなければならない。第一に病人が群衆の中へ顔を出さないことである。
・・・《中略》・・・ ゴホンゴホン咳をしながら外出する、道路、電車、汽車、いたるところで、痰唾(たんつば)を吐きちらす。これは健康体の人でも慎むべき事で、呼吸器病の人にこんなことをやられてはたまったものではない。 ・・・《中略》・・・ 健康体の人でも痰唾はやたらに吐くべきではない。それに何ぞや結核菌の痰唾を、いたるところへ吐き散らす。これが乾くと粉末となって四方八方へ飛散する。仰山にいえば都会地の塵ほこり、われ等の呼吸する空気の中には、古いの新しいの強いの弱いの、くさぐさの結核菌が無数に充満しているといってよいであろう。

だから先ず何よりも保菌者は外出をつつしむ、外出してもマスクをはめるとか、また痰唾は布片(ぬのぎれ)とか紙片(かみきれ)に吐いて、懐にしまうべきである。

・・・《中略》・・・

チョコレートの銀紙さえ散らかさぬところへ、結核菌の痰唾(たんつば)を吐く。それはあまりにも非常識である。国によっては厳重に処罰しているが、もっともな話である。いかにも間接には人殺しである。それも一思いに殺すのではない、じわじわと長くなぶり殺しにするのだ。だから外出しても咳をするときは、ハンカチーフを口にあてるとか、痰唾は布か紙に包むとか、その位の事は是非やってほしい。

更に一歩進んだ非常識な患者は、お酒が好きで宴会にも顔を出す、酒杯も口にする。さらにそれを盃洗で洗いもせずに、「サア君一つ……」と盃をさし出す。結核菌つきの盃をさし出して、「君も結核にかかりたまえ。」はひどいと思う。

・・・《中略》・・・

よく親子などの間では、予防とか消毒とかいう事には全く無頓着で気にしない人もあれば、また水臭いとか薄情のように思われるのがいやで、気にしながらも、しないような顔をして患者と接触を続ける人も少なくない。しかし、その一家がだんだん衰退し絶滅してもよいというなら格別、一家の幸福と繁栄とを望む以上は、もし一家中に結核患者ができた場合、先ず何よりも親しい、いとしい家族にうつさないようにと、患者の方から遠慮し用心するのが当然である。殊に幼い子供には伝染しやすいから、特に注意しなければならない。

家族にうつす、雇人にうつす、それからそれへと、村の人たち、学校の友だち、役所、会社、工場の同僚、電車、汽車に乗合わす人たちと、順々に伝染されては、結核の病毒はひろがる一方になる。

・・・《中略》・・・

ただ困るのは子供が結核にかかった時である。子供はそうした知識にも乏しく、分別もつかず、気にもかけないであろうから、これは両親なり兄なり姉の方から、子供の病気の療養とか又他人に伝染させぬ注意とかをしてやるほかない。大人ならば自分の方から隔離するとか、入院する事も考えられるが、子供の入院はさびしがるであろうから、それもなかなかむつかしい、又親たちも手放したがらないが、出来るなら簡易な居心地のよい療養所へ収容して、終日子供たちが愉快に気の紛れるようにしてやり、早くから手当すればそれが一番よいのであるが、そうした事はすべて民衆あげての公共衛生の眼ざめに待たねばならない。

だから世人は一族の健全、自分たちの町や村の健全という公共道徳に、一日も早く眼ざめる必要がある。
今日そうした訓練が足りないために、いかに病毒がひろがり、いかに一家一村から全国に通じ、数え切れぬ悲劇をつくっていることかわからない。
みなさんはこれからの日本のために為すべき事が沢山あるのだが、過渡時代(かとじだい)の日本、躍進時代の日本では、これからの日本の外に、いままでの日本にも気をつけて貰わねばならない。健康にして公共衛生、公共道徳をまもる社会をつくって行くべく、すべての人が、この憂うべき今日の有様に目覚めてもらいたいと思う。 》

下村海南(しもむら かいなん 本名:下村宏)は、明治・大正・昭和の官僚政治家、新聞経営者。「海南」は雅号で、佐々木信綱門下の歌人として数多くの著作を発表した。
朝日新聞社副社長、日本放送協会(NHK)会長などを歴任し、終戦時の内閣情報局総裁として昭和天皇の玉音放送の立役者となり、ポツダム宣言受諾の実現に尽力したことで知られる。

明治8(1875)年5月11日、和歌山県串本に生まれ。
旧制和歌山中学校(現桐蔭高校)、旧制第一高等学校を経て、明治31(1898)年に東京帝国大学(法科大学政治学科)を卒業すると逓信省(現総務省)に入り、北京郵便局長、為替貯金局長などを務め、簡易保険の創設に尽力した。大正4(1915)年、台湾総督府民政長官、総務長官を歴任し、台湾教育会の設立や地方自治制度の創設のほか、港湾整備など公共事業に取り組み、台湾発展の基礎を築いた。大正10(1921)年に大阪朝日新聞社に招かれ、取締役、専務理事を経て、昭和5(1930)年に朝日新聞副社長に就任。定年退職制度の導入や情報システム構築など経営の近代化に大きく貢献し、昭和11(1936)年に朝日新聞を退職すると、翌年、貴族院議員に勅選され、昭和17(1942)年、東京商業学校校長、昭和18(1943)年に日本放送協会(NHK)会長、昭和20(1945)年4月に鈴木貫太郎内閣に請われ国務大臣兼情報局総裁に就任した。原爆投下により敗戦が濃くなるなか、徹底抗戦を主張する青年将校らの妨害と脅迫に屈せず、昭和天皇の玉音放送を実現に奔走した。
敗戦後は戦犯として巣鴨プリズンに拘留(1945年12月~47年8月)されるも起訴されることはなかったが、昭和21(1946)年1月に公職追放され、田園調布の自宅も接収された。戦後は拓殖大学第6代学長を務め、昭和32(1957)年12月9日に82歳で亡くなった。
故郷の潮岬には下村の胸像と歌碑が建立されている。


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後藤新平 (政治家)(2010.4.26 防災格言)
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宮武外骨 (ジャーナリスト・著述家・文化史家)(2015.08.31 防災格言)
清水幾太郎(社会学者 ジャーナリスト)(2008.9.29 防災格言)
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石原純 (作家 理論物理学者 ジャーナリスト)(2012.03.19 防災格言)
司馬遼太郎 (作家 ジャーナリスト)(2015.01.12 防災格言)
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小田貞夫 (元NHK解説委員)(2009.08.17 防災格言)
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天声人語(朝日新聞 1995年1月27日朝刊)(2009.01.19 防災格言)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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