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気象学の父・岡田武松(1874~1956 / 気象学者)が随想「地震予報」(昭和8年)に記した地震予知の名言 [今週の防災格言731]

time 2021/12/27

気象学の父・岡田武松(1874~1956 / 気象学者)が随想「地震予報」(昭和8年)に記した地震予知の名言 [今週の防災格言731]


『 学者の流言蜚語は坊間ぼうかんのものよりはその害が恐ろしい。 』

 

岡田武松(1874~1956 / 気象学者 中央気象台長(第4代) 文化勲章(1949年)「気象学の父」)

 

坊間(ぼうかん)は、町の中という意味。

社会に影響力のある学者らの“災害予知”が世間を騒がすのは、今も昔も変わらない。
岡田は“いつ起こるか”が明確でないような“予言”は“予報でもなんでもない”ので気をつけるように諫めた。

格言は、随想「地震予報」(昭和8年)より。(著書「測候瑣談」(鉄塔書院 昭和8年)収録)

曰く―――。

“ この節、各地で高低測量をしてそれが以前の測量と少しく異なっているからと云って地震が起るかも知れんなんて発表する向もあって、
それが新聞にその儘でなく掲げられると兎角世間のウワサに上る。

元来これ等のことは未だ学会内とか学者仲間位に発表して色々と議論を進めて漸漸と研究を完成すべきものであって、発表者の心持も実はその意味であり、少なくとも今日では未だ新聞紙に予言とか云う意味で掲げられべきものではないと思う。だからそんな記事を読んで兎や角と心配するなぞは愚の骨頂である。
元来地震の予報にしても予報と云う以上は場所と時とを指示しなければならない。場所の指示は勿論第一であるが、時を指示しないと予報とは云えない。

例えばドコソコに大地震があるだろうと云っても何日頃とか云うことを指示しなければ甚だ漠然たるもので予報でも何でもない。一歩を譲って指示が困難であるとしても近い内とか云うことでも勿論宜ろしい。単にドコソコに何れ地震があるだろうなんて云うのは、藤原博士(※藤原咲平)の真似をするのではないが、老人に向って「貴公は何れ死ぬぜ」と云うのと同じで、これは間違えのない予言だが世間一般に通用している意味の予報ではない。「オヂイさんアンタは何日に死にますぜ」なんと云うならヂイさんの死亡の予報になるがピンピンしている時に仲々そんなことは云えるものではない。

元来我々共の様に世間と交渉の多い職務に携わるものには「何れ暴風があるの」とか「ドコに地震がある」とか云う様な「時」を指示しないことは全く禁物である。学者の流言蜚語は坊間のものよりはその害が恐ろしい。 ”

 

岡田武松(おかだ たけまつ)は、気象用語「台風」の名付け親で、梅雨の原理を解明するなど気象学の発展に大きく貢献した気象学者。気象事業の功労者として「気象学の父」と呼ばれる。
その功績は世界的に評価され、1924年(大正13年)にはイギリス王立気象学会サイモンズ賞を受賞、1949年(昭和24年)文化勲章受賞。
日本海海戦(1905年)で東郷平八郎が打った有名な電報「天気晴朗なれども波高し」は、当時、中央気象台予報課長だった岡田が海戦当日に発した対馬海峡沖の気象予報“天気晴朗ナルモ浪高カルベシ”が原典となったことでも知られる。

1874年(明治7年)8月17日、千葉県相馬郡布佐村(現我孫子市布佐)の商家に生まれる。布佐初等小学校を経て、14歳で上京し、東京府立尋常中学校(現東京都立日比谷高等学校)に入学し、19歳で卒業。
旧制第一高等中学校(現東京大学教養学部)へと進学。この頃、郷里が利根川洪水で大きな被害を受けたことで防災や気象学に強い関心を寄せ、一高で物理学を講じた中村清二(地球物理学者 / 1869~1960)らに学んだ。
1899年(明治32年)26歳で東京帝国大学物理学科を卒業すると、中央気象台(現気象庁)に入り、技手として予報課に配属され、1904年(明治37年)予報課長に就任。1910年(明治43年)世界初の無線による船舶海上気象通報システムの確立をめざした。1911年(明治44年)37歳のとき『梅雨論』で理学博士となり、1919年(大正8年)東北帝国大学教授を兼任。1923年(大正12年)には第4代中央気象台長(現在の気象長長官)となり1941年(昭和16年)68歳まで18年間務めた。
1926年(大正15年)より東京帝国大学教授・地震研究所員を兼務し、東京高等師範学校(現筑波大学)や早稲田大学などで教鞭をとり後進の育成に尽力した。学士院会員(1931年)、初代気象技監(1939年)、文化勲章(1949年)、文化功労者(1951年)。
中央気象台長を退官後は、郷里布佐町に移り住み、千葉県柏市の気象技術官養成所(現気象大学校)で講義を受け持った。
1956年(昭和31年)9月2日死去、享年82。


Wikipediaより








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宇津徳治(1928~2004 / 地震学者 中央気象台技術係長)(2014.12.01 防災格言)

 

著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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