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上杉鷹山が宝暦の飢饉後に遺した格言(米沢藩主)[今週の防災格言126]

time 2010/04/12

上杉鷹山が宝暦の飢饉後に遺した格言(米沢藩主)[今週の防災格言126]


『 人として世に惜しきは命にて候。
之を助け養ふは米穀にて候。
今日 無事の時に 米穀の備有之度候。 』

上杉鷹山(1751〜1822 / 江戸中期の大名 出羽国米沢藩第9代藩主)

上杉鷹山(うえすぎ ようざん / 上杉治憲 うえすぎ はるのり)公は、破綻状態にあった米沢藩再生のきっかけを作った江戸時代を代表する名君。
17歳で藩主となった時、藩の借金は20万両にも達し、もはや利息すら返済できないほど財政赤字が膨れ上がっていた。
鷹山は自ら粥を食し倹約を行い、藩士や農民に倹約を奨励、旧家老らと対立しながらも優秀な民政家である竹俣当綱(たけまた まさつな)や莅戸善政(のぞき よしまさ)を重用し、農村復興・殖産興業を推進、藩財政を改革した。
また、宝暦5(1755)年の飢饉で四千人の餓死者を出したことを契機に備蓄(非常食の普及)を行い、後の天明の飢饉(1782〜1787年)では米沢藩から一人の餓死者も出さなかったという逸話でも知られている。

この格言は宝暦の飢饉後に備蓄を奨励した時の言葉「籾蔵の創立を領内諸村に諭したる言」と伝えられるもの(釈悟庵著「上杉鷹山言行録」(内外出版協会 1908(明治41)年)より)。

参考資料 ◎籾蔵の創立を領内諸村に諭したる言 全文


上杉鷹山言行録「籾蔵の創立を領内諸村に諭したる言」より

人として世に惜しきは命にて候。
之を助け養ふは米穀にて候。
然れども天地の變(変)は測り難きものにて、凶作に時なく、山も崩れ川も溢れ候。
此段は唐も大和も古も今も有之事にて、近く宝暦五年七月の悪作水難に、木の葉草の根を食候事、いつはり(偽り)も無之候。
此の事など思忘れずして今日無事の時に米穀の備有之度候。
尤此段は誰も存知たることに候へども眼前の苦みに堪へず候より、よきとは知りつつ空しく暮し候て、其時に至らざれば思付かざるは人情の常なり。
夫故に一飯を省きても右の備を致すことは家内の心まちまちにては、迚(とて)もなりがたきことに候へば、我命にかかる大事を思ひ、父母を養ひ妻子を憐れみ候誠心を先として、當年(当年)より少しく籾をかこひ置可申候。


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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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