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熊沢蕃山の治水山林事業の名言(1619~1691 / 江戸時代前期の儒者・武士 陽明学者)[今週の防災格言769]

time 2022/10/03

熊沢蕃山の治水山林事業の名言(1619~1691 / 江戸時代前期の儒者・武士 陽明学者)[今週の防災格言769]

『 水はたかきよりいでひくきく。 』

 

熊沢蕃山(1619~1691 / 江戸時代前期の儒者・武士 陽明学者)

 

熊沢蕃山(くまざわ ばんざん)は、江戸時代前期の経世家・思想家(陽明学者)で、当時の治水山林事業の第一人者です。

彼は、徳川家二代将軍・秀忠の時代に生まれ、五代将軍・綱吉の時代に亡くなった人物で、この時代は、島原の乱(1636年)、由井正雪の乱(1651年)などの大事件を経て、徳川幕藩体制の確立期のなかにありました。

蕃山は、政治・経済の優れた知識から岡山藩主池田光政に招かれ、家老に次ぐ地位の三千石の鉄砲組番頭に取り立てられました。そして、藩政の指導的な役割を担い、後に名君と呼ばれた池田光政の仁政を助けました。

蕃山の献策は、軍事面から教育振興、災害対策と農業土木に至るまで、国政全般に及んでいます。

とくに岡山藩の岡山城下は、瀬戸内海に面し、北から流れる旭川のほとりの立地のため、たびたび海や川の氾濫で洪水に襲われ、頑丈な堤が必要でした。

蕃山は

山川は天下の源であり、また山は川の本である

治水・治林・治山は国家の興亡問題である

と説き、国の発展と領民の救済を両立するための水害予防に心血を注ぎます。

その思想の根底には「天人合一」という自然環境の保護の政治哲学があり、むやみやたらな森林伐採や新田開発を行なう愚を説きました。

曰く―――。

昔は川(かわ)深(ふか)ければ大方(おおかた)の大雨(おおあめ)大水(おおみず)にては田地(でんち)家屋敷(いえやしき)を害(そこな)うこと無(なか)りき。今は川は浅し。山々に雨水(あまみず)を貯(たく)はゆる草木(そうもく)はなし。少しの水も中水(ちゅうみず)となり。中水は大水(おおみず)となり。大水なれば堤を越え破り、田地、家屋敷を害(そこな)ふこと多し。其上(そのうえ)左(ひだり)の堤強ければ右の堤を破り。左右共に強ければ、川下(かわしも)を破るといへり。是(これ)皆(み)な川の埋(うも)れて深からぬ患(うれい)なり。夏(か)、商(しょう)、周(しゅう)の三代の末の亡びんとては、川々浅く成(な)りたるとある事も、天下久しく無事にして驕(おご)り極(きわま)り、山澤(さんたく)の地理を乱(みだ)りて古法(こほう)を用いざる故也。今の分(ぶん)にて山川(さんせん)の政(まつりごと)おはしまさずば、数十分の内には大阪並びに諸国の川口(かわぐち)の道路(つうろ)成難(なりがた)かるべし。

…(中略)…

水は高(たかき)より出(いで)て下(ひくき)に就(つ)く。人の口上に有(あり)て唾(つば)の生ずるが如し。谷々の小水雨露(しょうすいうろ)の滴(したた)り落(おち)添(そ)うをも勿論の儀也。然れども卅日(30日)程も旱(ひでり)する時はその小水は乾きぬ。只(ただ)かの水上(みなかみ)のみ絶えず、その小水と雖(いえど)も神気(しんき)の薄ければその流(ながれ)も少しき也。

山川(さんせん)は天下の源(げん)也(なり)。山又(また)川の本(もと)也。古人の心ありて立(た)て置(おき)し山澤(さんたく)を切荒(きりあら)し、一旦の利を貪(むさぼ)るものは、子孫亡(ほろぶ)ると云(い)へり。諸国共に斯(かく)の如くなれば、天下の本源(ほんげん)已(すで)に絶(た)つに近し。斯(か)くて世中(よのなか)立(た)ちがたし。

(柘城学人著「熊沢蕃山教訓録」(明治44年)より)

今後も発生するであろう天災を予め減らすことで、その土地の収穫が増し、更なる発展をすることを企図した蕃山は、綿密な計画を行って、自ら土木工事現場へと足を運び、その土地の者の意見を聴き、川筋の住民には現状を説明し、時間をかけ用意周到に新たな堤防や溜め池などの土木事業に臨んだといいます。

1654年(承応3年)備前平野を襲った洪水と大飢饉の後、蕃山は「川除けの法」と呼ばれる洪水対策システムを考案し、その発想を基礎に着工された人工河川「百間川(ひゃっけんがわ)」は、洪水からおよそ30年後の1686年(貞享3年)に完成し、今も岡山県岡山市に流れています。

… … …

 

1619年(元和5年)、京都稲荷(京都府京都市下京区)の浪人・野尻藤兵衛一利の長男に生まれる。幼名は左七郎。諱は伯継(しげつぐ)、字は了介(りょうかい)、号は蕃山。晩年は息游軒(そくゆうけん)などと号した。
8歳の時、母方の祖父の養子となり熊沢姓となる。10代で岡山藩に出仕するが、一時官職を辞し、郷里の近江(滋賀県)で近江聖人と謳われた陽明学者・中江藤樹の門弟となった。正保2年(1645年)に復職すると藩主池田光政に重用され藩政を主導した。後の岡山藩藩学の前身となる藩校(学校)を起草し、飢饉では領民救済に尽力し、土木事業による災害の軽減、農業政策を充実させるなど、岡山藩初期に大胆な藩政改革に取り組むが、守旧派の家老らと対立を生み、幕府からの批判もあり、1657年(明暦3年)39歳で岡山藩を去り隠退した。
1658年(万治元年)京都に移り私塾を開くと数多の武士や町人に師事され、その間に豊後岡藩(大分県竹田市)や古河藩領(茨城・栃木)から招かれて治山治水事業の指導などを行った。その優れた才覚と人徳に周囲の高僧や公卿衆らも感化されることになると、再び幕府の監視下に置かれ、朝廷との仲が親密になることを恐れた時の京都所司代牧野親成によって1667年(寛文7年)京都追放処分となった。京都を追われた蕃山は、大和国吉野郷(奈良県吉野郡)や山城国鹿背山(京都府木津川市)に隠棲するが、1669年(寛文9年)51歳のとき、縁あって播磨国(兵庫県)明石藩主松平信之に身柄お預けとなり、太山寺(神戸市西区)で約十年間を学問や著述活動に専念した。1679年(延宝7年)松平信之の転封に伴い明石より大和郡山(奈良県)へ移住する。1687年(貞享4年)、蕃山が69歳のとき、著書が幕政批判をしたとされ、幕命によって、松平信之の嫡子であった下総古河藩主松平忠之に預けられ、古河城(茨城県古河市)にて蟄居謹慎、1691年(元禄4年)この地で客死した。享年73。

蕃山の死後もその思想哲学は残り、没後百数十年後の幕末・明治維新の原動力として多大な影響を及ぼした。蕃山の信奉者には勝海舟や佐久間象山、吉田松陰、西郷隆盛、大久保利通、島津斉彬などがいる。











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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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