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秦宗巴(1550~1607 / 江戸初期の医者 豊臣秀次、徳川家康侍医)
格言は「犬枕(いぬまくら)」(慶長11(1606)年頃)より。
「入らぬようで入物」のほかに「淋しき物」「静なる物」と続く。
いらないようで、いるもの:
・小さくても小袋は案外物が入る、
・国が治まっても、いつまた戦乱が起こるやもしれないので武具は必要である、
・山の端に見える月もいつかは沈んでしまうものである。
秦宗巴(はた そうは / 寿命院立安)は、安土桃山時代から江戸前期の医者。
字は徳岩、号は立安。天文19(1550)年、丹波国(京都)出身。
足利将軍家の御典医・吉田宗桂(そうけい / 1500~1572)のもとで医学を学び、後に曲直瀬道三(まなせ どうさん / 1507~1594 日本医学中興の祖)の門弟となった。
天正16(1588)年から豊臣秀次の侍医となり、法印に叙せられて号を寿命院(じゅみょういん)と称した。文禄4(1595)年に秀次が謀反の嫌疑により自決すると、慶長6(1601)年からは徳川家康と徳川秀忠の侍医となった。その後、京都に戻り慶長12(1607)年に死去。58歳。
医学のほかに中国古典や日本文学、連歌や香道などに造詣深い博識者で、多くの著述で知られるがほとんどが失伝している。著作に「医学的要方」、「徒然草寿命院抄」、仮名草子「犬枕」(「枕草子」のパロディー)など。
※画像は徒然草寿命院抄
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