思則有備(しそくゆうび)思えばすなわち備えあり

防災意識を育てるWEBマガジン

『大隈伯座談集』に記された大隈重信が遺した格言(早稲田大学創設者 政治家)[今週の防災格言150]

time 2010/09/27

『大隈伯座談集』に記された大隈重信が遺した格言(早稲田大学創設者 政治家)[今週の防災格言150]


『 天災も人智人力に因って、或る程度迄 予防することは出来るものである。 』

大隈重信(1838〜1922 / 内閣総理大臣(第8,17代)早稲田大学創立者 侯爵)

格言は「大隈伯座談集(1908年)」の「天災と人力」より。

曰く――――従来、水害は天災である、人力の到底如何ともすべからずとして、天災と諦めておったけれども、これは如何にも愚なる話で、人力をもって天災に打勝ってこそ、始めて文明の国民たるべき資格を得たものと云うことが出来るのである。

佐賀藩士の長男として生まれた大隈重信(おおくま しげのぶ)侯は、長崎の米国宣教師・フルベッキ(1830〜1898)に新約聖書と米国独立宣言を学び影響を受けた。明治維新では副島種臣(そえじま たねおみ / 1828〜1905)とともに脱藩、尊皇攘夷派志士として活躍。維新後、外国事務局判事などを経て、参議、大蔵省事務総裁、大蔵卿に就任。西郷隆盛らの征韓論争後、財政の責任者として大久保利通を補佐。大久保、木戸孝允、西郷隆盛らが亡くなると参議筆頭として事実上政府のトップに立ったが、明治14(1881)年の政変で失脚。翌明治15(1882)年、立憲改進党を結成、東京専門学校(後の早稲田大学)を創設。明治31(1898)年、板垣退助と憲政党を結党、首相に就任し、日本初となる政党内閣を誕生させた。83歳で永眠したとき、日比谷公園の特設斎場には20万人を超える国民が参列したという。

■「大隈重信」氏に関連する防災格言内の記事
福沢諭吉(2010.09.20 防災格言)
渋沢栄一(2013.03.18 防災格言)
益田孝(実業家・茶人 旧三井物産創設者)(2015.05.25 防災格言)

 

<編集長 拝>

 

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理,非常食
メルマガ登録バナー
E-mail
お名前
※メールアドレスと名前を入力し読者登録ボタンで購読

アーカイブ