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新井白石が自伝『折たく柴の記』に記した格言(江戸中期の儒者)[今週の防災格言282]

time 2013/05/06

新井白石が自伝『折たく柴の記』に記した格言(江戸中期の儒者)[今週の防災格言282]


『 此のほど、世の人咳嗽がいそうをうれへずといふものあらず。 』

新井白石(1657〜1725 / 江戸中期の儒学者・詩人・政治家)

現代語訳『(富士山噴火)世間の人で咳になやまされない者はなかった。』
咳嗽(がいそう)は咽喉を患い咳が出る病のこと。

格言は白石の自伝『折たく柴の記』(桑原武夫訳 中央公論新社 2004年)より、富士山噴火後の江戸の降灰について述べたもの。

この『折たく柴の記(おりたくしばのき)』は日本最古の自叙伝文学作品として知られ、生家の新井家のことや政治的な体験談の他に、江戸を襲った元禄大地震(1703(元禄16)年12月31日 M8.2 南関東で被害大 死者1万人超)や富士山の宝永大噴火(1707(宝永4)年12月16日〜12月31日)の様子も書かれている。

江戸では噴火翌日からの断続的な降灰により、5〜10cmの火山灰が降り積もったとされているが、その時の模様を白石は、

『よべ地震ひ、此の日午の時雷の声す、家を出づるに及びて、雪のふり下るがごとくなるを見るに、白灰の下れる也。西南の方を望むに、黒き雲起りて、雷の光りしきりにす。』(昨夜、地震があり、この日の正午ごろ、雷が鳴った。家を出る時、雪が降っているように見えるので、よく見ると、白い灰が降っているのである。西南の方を見ると、黒雲がわき起こり、雷の光がしきりにした。)

と記している。

江戸時代中期の大学者として知られる新井白石(あらいはくせき)は、江戸の「明暦の大火」の翌日に避難先で生まれたという。青年時代まで独学で過し、1686年に京都で木下順庵(きのした じゅんあん / 1621〜1699)へと師事すると順庵の推挙により、甲府藩主・徳川綱豊(後の第6代将軍・家宣)の侍講となった。将軍・家宣の代には幕府政治に深く係わり、第7代将軍・家継の時代まで「正徳の治」と呼ばれる善政を行った。ところが家継が夭逝し第8代将軍に吉宗が就くと失脚し、すべての公的な政治の場から退き、晩年は不遇の中で著述に勤しんだ。
主な著作に江戸時代の西洋研究書『西洋紀聞』『采覧異言』や独自の歴史書『藩翰譜』『読史余論』『古史通』など。
新井白石
新井白石

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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