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徳川斉昭が著書『告志篇』に書き記した格言(第9代常陸水戸藩主)[今週の防災格言400]

time 2015/08/17

徳川斉昭が著書『告志篇』に書き記した格言(第9代常陸水戸藩主)[今週の防災格言400]


『 人によりあやうき事いたしそうろうごうものといひ、
これを用心いたし候を臆病者とあざけり候は、
だいなる心得こころえちがい存候ぞんじそうろう。 』

徳川斉昭(1800〜1860 / 幕末の大名・第9代常陸水戸藩主)

格言は著書「告志篇(1833年)」より。

《 人々の身は父母の遣体にて、此家につかへ候からは、我等の人に候へば、常々君父の恩義を不忘(わすれず)、己れが身にても己が身と不思(おもわず)、大切に心掛候はゞ、危き事はかりそめにもなし得まじき筈に候。 》

―――と続く。

口語訳『父母のもとに生れ、主君に仕える身であれば、自分の身体も自分のものとは思わずに大切にするため、軽はずみな蛮勇は振るえぬはずである。』

徳川斉昭(とくがわ なりあき)は、江戸時代後期の常陸水戸藩(茨城県水戸市)第9代藩主。江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜(とくがわ よしのぶ / 1837〜1913)の実父として有名。諡名は烈公、字は子信、号は景山、潜龍閣。官位は従三位権中納言、薨後に正一位権大納言となる。
1800(寛政12)年、小石川の江戸藩邸にて生まれる。水戸の儒学者・会沢安(あいざわやすし 号は正志斎 / 1782〜1863)らに学び、長兄の藩主・斉脩(なりのぶ)の死により1829(文政12)年、藤田東湖(ふじたとうこ / 1806〜1855)ら改革派に擁立され第9代藩主となる。人事を刷新し、藤田や会沢をはじめ、戸田忠太夫、安島帯刀、武田耕雲斎、青山拙斎らを抜擢、藩校・弘道館を設立させ、兵制改革などの藩政改革を行った。しかし、これら改革が幕府の嫌疑を招き謹慎を命ぜられた。1853(嘉永6)年6月、ペリー艦隊の浦賀来航に際し、老中首座・阿部正弘の要請により海防についての幕政参与となるが、強硬な攘夷論を主張したことで幕府に忌まれ、1857(安政4)年に阿部が死去すると参与を免ぜられた。翌1858(安政5)年、政敵の井伊直弼が大老となり将軍継嗣争いで対立する。また、日米修好通商条約が結ばれると、無断調印に怒った斉昭は「無勅許調印は不敬」として、直弼を詰問するために尾張藩主・徳川慶勝らと不時登城(定まった登城日以外の登城)したが、逆に謹慎を命じられ、翌年の「安政の大獄」により国許永蟄居させられてしまう。蟄居処分が解けぬまま1860(万延元)年8月15日、水戸で病没。享年61。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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