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リスクに関わる名著とともに考える|ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論』(2002年)【リスクの本棚(連載第1回)】

time 2020/09/01

リスクに関わる名著とともに考える|ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論』(2002年)【リスクの本棚(連載第1回)】

現代社会の“リスク”そのものを社会学的に分析するというリスク社会論が脚光を浴びるようになってから40年近くとなりますが、私たちは、まだ社会学的リスク概念を完全には理解しきれていません。そこでシリーズ連載「リスクの本棚」と題して、多くの企業経営リスク分析に関わってこられた秋山進氏(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)に、リスク論の代表的な名著の解説・要約をいただきました。第1回は、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベック「世界リスク社会論」を取り上げます。


ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論』(2002年)

連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.1

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)

◆ベックの世界リスク社会

近年、ウルリッヒ・ベックの「世界リスク社会」が、その姿を以前にもまして明瞭にしてきた。

ベックのいう「世界リスク社会」とは、

グローバル規模でリスクが生命を脅かす次元にまでたっし、ますます社会の生活状況や発展にリスクが影響になる社会のことを指す。その影響力は非常に強く広範にわたるもので、リスクは社会的、経済的、政治的な変化を生じさせるダイナミクスの不可欠の要素になるにいたった

というものである。

そして、ベックにとっての「リスク」の概念とは、

それは決定というものを前提とし、文明社会における決定の予見できない結果を、予見可能、制御可能なものにするように試みることなのです。

であり、人間の関与を前提とする。さらには「狭義のリスク」と「不確実性」を分ける。

現代の世界では、わたしたちが思考し、行為する際によりどころにしている数量化可能なリスクを扱う言語と、同様にわたしたちがつくりあげたものである数量化することのできない不確実性の世界との隔たりが、科学技術の発展とともにますます拡大しています。

そのとき、とくに危険な「不確実性」とは以下のようなものになる。

核エネルギーについての過去の決定、そして遺伝子工学や人体遺伝学やナノテクノロジーやコンピュータ科学の利用に関する現在の決定によって、わたしたちは予見できず、制御不可能な、それどころかコミュニケーションをとることが不可能な結果をもたらし、そのことによって地球上の生命を危険にさらしているのです。

現在、世界を覆い、我々に大いなる不安を感じさせているのは、上記の「不確実性」のほうである。

たとえば、毎年繰り返される異常気象。(違うという人もいるが)人間の産業活動に関する決定によって引き起こされたものである。世界各地で50年に一度、100年に一度の大災害が頻発する状況は、あきらかに統計的な予測ができない状況を意味する。

そして、テロリズムは、簡単に国境、地域を超える。

ドイツの国内治安を、アフガニスタンのもっとも奥深い谷で防衛しなくてはならない。

これはアルカイダのテロについて述べたベックの記述である。現在の日本においてテロ活動が顕在化しているわけではない。しかしながら、今後の国際社会の地殻変動の中にあっては、我々もまた、いつ国際的なテロの脅威にさらされるか、そのリスクは高まるばかりである。

世界リスク社会論 テロ、戦争、自然破壊 (ちくま学芸文庫 ヘ 9-1) 文庫 – 2010/9/8
「世界リスク社会」(筑摩書房)

そして、原発および感染症である。チェルノブイリや福島の事故が世界に与えた影響の大きさは言うまでもないだろう。そして、われわれはいまだに新型コロナウィルス禍の真っただ中にある。そして経済的な被害はむしろこれから本格化する。

ベックは記していないが、世界レベルに張り巡らされた情報ネットワークを混乱に陥れる”ウィルス“やブラックボックス化したAIによる誤った指示等、情報技術に関するリスクは、これまで述べてきた様々な不確実性をはるかに超える大きな脅威になろう。

人間の生存領域の広がり、操作技術の高度化が、一つの場所の一つの事件や事故をあっという間に世界規模の大問題に仕立てなおしてしまうのが「世界リスク」である。

もともとは、文明社会を築くために人間が進めた技術革新やグローバル化の副作用が自らに帰ってきて、自身の問題として対処しなくてはなくなっているのである。この現象をベックは自己再帰性と呼ぶ。

◆国家と個人のフラストレーション

さらに困ったことがある。それは、これらの世界レベルのリスクを「個人」が作り出すことができる状況になっているということである。

遺伝子技術により開発されたペスト、つまり遺伝子工学の技術で開発されたミニチュア爆弾は、それほど手間暇かけなくても作ることができます。

世界の情報ネットワークを混乱に陥れるウィルスは、個人が作り出す可能性があるだろう。

そして世界中に散在するテロリストたちがこれらの活用をさらに図ることになる。

これらのリスクに対して、従来これらをコントロールしてきたはずの国家と政府は十分に対応できるのだろうか。ベックは、場所と時間を超える行為が実現可能な現在、それは単独では無理だという。

平和の保障、福祉の向上、失業、犯罪、技術的なリスクといった差し迫った問題の解決を図るナショナルな政治の目標は、もはやナショナルな単独行動によってではなく、多国間政治の自覚的に結び付けられた国家間の協力ネットワークによっての実現されるべきものなのである。

かなり厳しい予測である。しかしながら、一方でベックは、その不安な状況の中にこそ希望の光があるという。

不安というものが、共同体の新しくて壊れやすい紐帯となります。

そして

文明の自己危険化の認識されているグローバル性は、政治的に形成される衝動を、協調的な国際機関の育成や創設に向かわせる

このような国際機関では、国家を超える「法」がつくられ、国際的に認められていく。

テロに反対する国際的な協定が造られ、批准されなくてはなりません。
テロリストの国家を超えた追及に法的基盤を与え、統一的で普遍的な空間をつくりだし、とりわけ国際司法裁判所の規約を、アメリカも含めすべての国家が批准しなければいけないということを前提としている。

国際社会は、テロはもちろん、テロ以外の問題解決においても、すでに国家至上主義では対応できなくなる。そこで、ベックは国家間の連帯と国家を超える法によって、世界は新たに進んだ段階に進むことになるだろうと考えていた。

◆現実はベックの思ったようになっているか

しかしながら、少なくとも短期的には、世界はベックの言う通りにはなっていない。新型コロナに関して言えば、全世界を覆うこの問題の深刻さは、放射能問題をはるかに超え、ベックの考えている世界リスク社会の射程をも遥かに超えてしまった。

医療の分野での協力やEU加盟国内での国際的協働は見られたが、国際間の連帯を生み出すべき巨大な脅威に対して、実際には、どの地域どの国家も、自地域の住民、国民を守ることだけで精一杯になってしまった。積極的に国境を閉じて、国民、地域民だけに経済支援を行ったのである。ワクチンの獲得競争に至っては国家のエゴが丸出しになっている。

さらには、これを機会ととらえて一部の国家では、市民の監視を進めている。そして国際社会はそれほど深く問題にせず、これを受け入れつつある。

不安で一杯の人間は、問うことも抵抗することもせず、自分の生活の基盤(自由や権利)に対する侵害を受け入れてしまいます。

個人の行動がデータによって捕捉される時代になり、国家は一度失いかけたテロやリスクへの戦いの対抗策を持つことができるようになったと考えている。さらには問題行動を起こす可能性のある個人を発見し抑え込むことも実現可能になってきたと認識している。

国家は、世界リスク社会を、市民の監視によってコントロールしようという意識を高めているのである。

ベックはこうもいった。

国家を超えた国家間協力にはふたつの理念型が明らかに認められます。
監視国家と世界へ開かれた国家です。世界へと開かれた国家では、世界リスク社会における国家の主権を新たにし、拡張するために、国家の自己決定権が縮小していきます。監視国家は新たな協調勢力によって、安全と軍隊が重視され、自由と民主主義が軽視される要塞国家に拡大してしまう恐れがあります。

世界に開かれた国家とは、国家間の協力と法のもとに連携するEUの発展形のイメージである。一方の監視国家とは基本のイメージとしては専制主義、共産主義の国家であり、また自由な人権を保障しているように見せながら、実際にはあらゆる手段で市民を監視しようとする偽の自由主義国家でもある。ただ、ベックはそうは言わないが、EU各国も当然のことながら自衛のための監視活動は行うだろうし、それを目的とした国家間の連携関係は発展維持されるだろう。その場合、最大の「世界リスク」は世界中が監視社会になるということになる。

社会の発展、文明の展開のために生み出された技術革新は、それを生み出した人々のところに「監視社会」として再帰してくる可能性が高いのだ。

大きなリスクを前にした人類共通の不安が、国際社会を国家間の連携と法秩序の制定によって一段階レベルアップさせるというベックの予測(希望)は、果たして実現するだろうか。歴史の検証はもう少し先のことになるだろう。
 
 


評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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