今年、ハザードマップが17年ぶりに改定された富士山。宝永の大噴火(1707年)以降は現在まで約三百年もの長い沈黙を守っていますが、歴史をひもとくと噴火を繰り返してきた活火山です。地震観測網が整備された近年には、富士山の地下深くのマグマの活動による小地震(深部低周波地震)が発生していること分かり、2000年以降には富士山直下で低周波地震の多発が観測されました。東日本大震災直後の2011年3月15日には富士山のマグマ溜まりのすぐ上(深さ約14km)で、マグニチュード6.4(静岡県富士宮市では震度6強を観測)の大地震が発生するなど、いつ噴火してもおかしくないとされています。富士山噴火災害はより現実味を帯びてきたました。今回の秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」は、火山学者・鎌田浩毅(京都大学名誉教授)氏監修・解説の新刊『富士山噴火 その時あなたはどうする?』を取り上げていただきました。
連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.15
富士山噴火は必ず起こる。 “南海トラフ大地震の直後”が最有力説。
『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(2021年)
地震も怖ければ、台風も怖い。災害列島日本で暮らしていると、怖いことだらけでかえって不感症になりそうなのだが、忘れてはならない脅威の一つが火山の噴火であり、その最大のものが、富士山の噴火なのである。
富士山噴火 その時あなたはどうする? (扶桑社) |
子どものころに学校で習ったように、富士山は定期的に大噴火を起こすバリバリの活火山なのである。富士山はこれまで、およそ50年~100年に一度のペースで噴火してきた。にもかかわらず、1707年の宝永噴火以来、300年以上、噴火していないのである。富士山の地下20キロにあるマグマだまりにある高温のマグマは莫大な量になっていると考えられている。
しかも、富士山の想定噴火口は約100あり、どこから噴火するかは予測がきわめて難しい。首都圏の風上にあるという地理的要因も相まって、噴火が起こった際に発生する被害も広範囲かつ甚大である。2004年の政府の発表によれば、その経済的被害額は2兆5000億円に達するとされているが、コンピュータ化、ネットワーク化が進んだ現在では、それよりもずっと大きいものになるだろう。
では、本書に基づいて、想定されうる被害を見ていこう。
火口付近では、「噴石」の被害が予測される。周辺の市街地には噴石が飛んでくる。記憶に新しいところでは、御嶽山の小規模噴火(2014年)において、噴石による被害で60名以上が亡くなった。火口から1キロメートル離れた場所に秒速100メートルを超える噴石が雨のように降り注いだという。一般的には噴石は火口から2~4キロくらいの範囲に降るが、風下だともっと遠くまで飛んでくる。ただし、それほど長時間継続するものではなく、だいたい数十分以下の短時間で終わるとされている。
そして、火口からは「溶岩流」が流れてくる。富士山の溶岩は、二酸化ケイ素の含有量が少ない玄武岩で非常にサラサラしている。その結果、溶岩流が広範囲にわたって流れ出る傾向にある。溶岩は時速3~4キロで進み、山梨県富士吉田市側の側火口から噴火すれば、2~3時間で富士吉田市の市街地に達し、中央自動車道が分断される可能性は高い。静岡側で噴火すれば、新東名高速までそれぞれ最短1時間45分、東名高速まで2時間15分、東海道新幹線の三島駅まで5時間で到達する。そうすれば東西の大動脈である新幹線と高速道路の2大インフラが寸断される。
「火砕流」も起こる。火砕流は火山灰や岩石が高温の火山ガスや空気を取り込んで斜面を駆け降りてくる。火砕流は時速100キロを超える。規模が大きい場合、中央自動車道まで5分で到達する。温度は500度を超え、火砕流が通ったあとは、跡形もなくすべてが吹き飛ばされる。1991年の雲仙普賢岳の火砕流では、調査中の火山学者らが巻き込まれ44人が犠牲になった。富士山においても、過去10回以上も火砕流が発生したことが明らかになっている。
さらに、火砕流から1キロ以内の場所では、熱風を伴う「火砕サージ」が発生する。これは火山灰と火山ガスからなる高熱の爆風のことである。山麓を焼き尽くし、噴出口から5キロ先まで被害を及ぼす。普賢岳において、火砕流が発生した際に、その本体から分離した火災サージがさらに南下し、火口から9キロ離れた小学校の校舎を直撃し、400度を超す熱風で窓ガラスは割れ、床や机は焼き焦げ、溶けた。人がいたら、誰も助からなかっただろう。
これらの被害でも十分に甚大なのだが、現代社会においてもっとも大きな被害を及ぼすのは「火山灰」である。富士山が大きな噴火をすると東京23区にも火山灰が降ってくる。宝永噴火の際には、江戸にも3週間火山灰が降り続き、約5㎝積もったとされている。
宝永噴火(1707年)「富士山噴火絵図 夜乃景気」
火山灰が引き起こす直接的な被害は「健康被害」である。火山灰にはガラスが含まれており、吸い込むと呼吸器が傷つき珪肺症になる。眼球も危険だ。
火山灰が降れば「交通網が完全に麻痺」する。首都圏全体で物流が止まり、コンビニやスーパーから物がなくなる。食料不足は深刻なものになる。
火力発電所のガスタービンの中に火山灰が入り込むと「発電施設が損傷」する可能性がある。電線に火山灰が堆積するとショートして「電力供給がストップ」する可能性も高い。
コンピュータをはじめ「精密機器には確実に支障」が出て、あらゆる方面にトラブルが波及する。
「飛行機は飛ばない」。国際ルールとして、火山灰が漂う領域での飛行は禁じられているのである。
さらに、火山灰が雲になると雷雨が発生し、泥流となって降り注ぐと「上下水道が詰まる」可能性もある。そうすると水も使えない。
火山灰を被ったら、「農作物も壊滅的な被害」を受ける。
こうなると、もう何をどうしてよいかわからない。個人としてしておくべきことは、とりあえず、水や食料の備蓄、防塵効果のあるフィルターマスクやゴーグルの常備、停電にそなえたバッテリーの装備などであろう。ほぼ地震対策と同じになるとは思うが、地震よりも長期間の備えが必要となるかもしれない。
ただし本書によると、火山の噴火は突然起こるものではなく、必ず前兆があるという。噴火前には、微弱な地震「低周波地震」が起こり、その振動が、次第に人間が感じ取れる「有感地震」に変わり、「火山性微動」と呼ばれる火山活動が活発化したサインが出るという。この時点で、気象庁から発表があり、自治体やマスメディアを通じて、噴火情報が公表される。最初の低周波地震が発生してから、噴火するまでの間は、およそ1か月かかる。つまりその期間に、準備ができるというのである。
しかしながら、次回の富士山噴火がもっとも起こる可能性が高いのは、マグニチュード9.1に達するとも想定されている南海トラフ巨大地震の発生時だともいう。1707年の宝永地震(マグニチュード8.6)が発生した際も、49日後に(富士山の)宝永噴火がおきた。海溝型巨大地震が発生すると、数か月から数年以内に、活火山の噴火を誘発するのである。事実、20世紀以降、M9クラスの地震は世界で8回起きているが、ほとんどのケースで、遅くとも地震の数年後に震源域の近くの活火山で大噴火が発生しているという。もし、21世紀の日本で、南海トラフで大地震が発生し、その直後に富士山大噴火が起こるようなことがあれば、どうなるのだろうか。大地震で何もかもが壊滅的な被害を受け、食料その他がまともに届かない状況に、富士山噴火が追い打ちをかけるのである。1か月の準備期間があったとしても、食料も水もその他の物資も、まったく何の準備もできないだろう。
南海トラフ大地震のあとに富士山が噴火すれば、西暦79年に起きたべスピオ火山の大噴火とポンペイの崩壊と同様の大事件として世界の歴史に記されることになる。政治的、経済的な「日本沈没」である。そのようなことはけっして起こってもらいたくないのだが、科学的に考えても、起らないと言えないどころかそれなりの確率で起こるというのだから、恐ろしいことこの上ない。個人としては、真面目に資産の海外移転や、海外移住を考えたほうが良いのかもしれない。そして、国家としては、少なくとも首都機能の分散化についてはもっと真剣に考えて準備しておくべきだろう。
評者:秋山 進(あきやま・すすむ)
1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。
主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。
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