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地震保険・火災保険制度の先駆者パウル・マイエット(1846~1920 / ドイツの経済学者・統計学者)の名言 [今週の防災格言765]

time 2022/09/05

地震保険・火災保険制度の先駆者パウル・マイエット(1846~1920 / ドイツの経済学者・統計学者)の名言 [今週の防災格言765]

『 そもそも日本国が現時の隆盛と開明とを致せる所以は、主として国民の各種の大災厄を巧みに利用したるに依らずんばあらず。 』

 

パウル・マイエット(1846~1920 / ドイツの経済学者・統計学者 日本の地震保険制度の先駆者)

 

パウル・マイエットは、1876年(明治9年)に明治政府がドイツから招いた「お雇い外国人」の一人です。

彼は、日本の農民の貧困に強い関心を寄せ、農民の状況改善のために来日中に数々の提言を行います。
その一つに、財産としての家屋を補償する火災保険・地震保険の制度がありました。
マイエットは、1878年(明治11年)に論文『日本家屋保険論』を書き、日本で初めて地震保険・火災保険制度の必要性を訴えました。

1891年(明治24年)に濃尾地震(M8.0 死者7,273人)が起ると論文『災害救済論』を発表し、家屋の保険料の具体的な算出方法などを詳細に記しました。

『災害救済論』(1891年)には以下のように書かれています。

抑々(そもそも)日本国が現時の隆盛と開明とを致せる所以は、主として国民の各種の大災厄を巧みに利用したるに依らずんばあらず。

余は先ず日本国の歴史に依り、時の天皇が善美なる救済法を設けて救済したまえる古来の大災厄を掲げて、以て之を証明し、然る後に日本国政府及び人民が明治初年以来起りたる洪水、暴風、凶饉、地震等の大災厄に対し如何なる救済法を設けたるや、また如何なる方法が今後また起るべき災厄を救済するに最も有効に且つ適切なるべきや、の問題に及ぼさんとす。

願うに歴史上の災厄と時の天皇及び政府が設けたる救済法とを対照し、以て現時の災厄は未来の幸福を計らしむるの訓戒たることを論じたる者は未だ之あらざるべし。而して日本国民は本年十月二十八日(※濃尾地震)に起りたる如き彼の恐るべき震災に対し如何なる方法を設けて、以て之を永久に施さんとするや。

夫れ大災厄に遭遇せる者にして其人果して熟練の士ならんには必ずや将来に戒心して、其の方向を改め其の手段を研く等、災厄を経るごとに益熟練の士と為るべし一国民に在ても亦然りとす。而して日本国政府は則ち此の境遇を履(ふ)みたるものなり。

(マイエット著・青山大太郎訳『災害救済論(博聞社 1891年)』)

―――と。

この論文でマイエットは、地震、暴風、洪水、戦乱という過去の災害の規模や被害を調べ、統計を駆使してそれらの損害率を割り出し具体的な保険料を算定しています。

東京のみに於ける地震の回数は、一個年の平均回数五十九回なり。
故に測量器を以て観測したる時期即ち明治八年七月より同二十三年八月末に至る十五個年二個月間に東京のみに於て九百九十回即ち一個年平均六五.三回の地震起りたる割合なり。
…(中略)…
もし一大震災は毎十個年に一回起るものとせば、毎戸の負債額は年々平均僅かに二六銭二厘五毛に当るのみ。

そして、将来に再び起きるであろう災害に対する最も有効な救済策として、母国ドイツの「公営強制火災保険制度」を参考に、日本版の「家屋の国営強制保険」を提唱し、行政組織として「公立家屋保険局」の設立までも提案しました。

この提案は、当時の大蔵卿(大蔵省長官)大隈重信の目に止まります。明治政府はマイエットを大蔵省顧問に迎えて、省内に火災保険取調掛を新設、家屋保険法草案を作成しますが、政府の財政難や市民の負担増などを理由にした内務省の強い反対から廃案となりました。

その後、これらの論文が端緒となって、1888年(明治21年)に日本で最初の火災保険会社「東京火災保険会社(安田火災海上の前身)」が創業します。その後は、日清戦争(1894~1895年)の戦勝景気もあって、明治火災(1891年創業)、日本火災(1892年創業)など数多くの火災保険会社が設立されることになりました。

… … …

 

パウル・マイエット(Paul Carl Heinrich Mayet)は、1846年(弘化3年)5月11日、ベルリンの会計官の息子として生まれる。
学問を志し、1865年ローザンヌ大学に入り自然科学、心理学、国民経済学を専攻、その後ベルリン大学で2年、ライプチヒ大学で5年学ぶが、健康上の理由で断念し、1873年までパルプ工業やフランクフルトの生命保険会社に勤務した。1874年のウィーン万国博覧会で偶然にも日本のことを知り、日本について研究を始めた。法学者のフランツ・ホルツェンドルフ(1829~1889)に推薦され、日本での郵便貯金制度の導入に関する論文を駐独公使の青木周藏(1844~1914)に提出。青木はマイエットに日本の経済状況を直接知ってもらおうと献策し、明治政府の重鎮の木戸孝允(桂小五郎)にマイエットを推挙し、ちょうどポストが空いていた新設大学の語学講師として日本に招き入れることになった。
1876年(明治9年)に来日すると、当初は、東京医学校(東京大学医学部の前身)や外国語学校予備門、第一高等中学校でドイツ語やラテン語教師を2年勤め、1878年(明治11年)大蔵省入り。1879年(明治12年)より大蔵省顧問、駅逓局顧問、農商務省顧問などを歴任し、この間に、郵便貯金制度、火災保険制度、農業保険制度、備荒儲蓄法(今でいう災害救助法)、統計院や会計検査院の設置など、日本の財政や保険制度、農業政策、北海道開拓論といった広範囲にわたる政策提言をマイエットは行った。
日本に来てからは精力的な著述を行い、1889年(明治22年)論文『農業保険論』でテュービンゲン大学の政治学博士号を取得、翌年教授資格を得た。1891年(明治24年)慶應義塾大学理財科で統計学を担当し、1893年(明治26年)に帰国。
帰国後はドイツの帝国統計局助手となり健康保険統計の担当となった。またドイツ政府の顧問として母性保護の導入に尽力、ベルリンの「社会医学・衛生学・医学統計学会」を設立(1905年)させ初代会長を歴任した。1920年(大正9年)1月20日、73歳で死去。
主な著書に『日本家屋保険論』(1878年)、『日本公債弁』(1880年)、『農業保険論』(1890年)、『日本農民ノ疲弊及其救治策』(1893年)。
数々の功績により1905年(明治38年)勲三等旭日中綬章を受章。


Paul Carl Heinrich Mayet







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著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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