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サンフランシスコ市のスペイン風邪パンデミック対策(1918年)で「マスク着用条例」を提唱した予防医学者ウイリアム・C・ハスラー博士(1868~1931 / サンフランシスコ市保健委員会委員長)の名言 [今週の防災格言652]

time 2020/06/22

サンフランシスコ市のスペイン風邪パンデミック対策(1918年)で「マスク着用条例」を提唱した予防医学者ウイリアム・C・ハスラー博士(1868~1931 / サンフランシスコ市保健委員会委員長)の名言 [今週の防災格言652]

『 マスクをかけて自分の命を守ろう! 』

” WEAR A MASK and Save Your Life! “

 

ウイリアム・C・ハスラー(1868~1931 / 医学者 サンフランシスコ市保健委員会委員長)

 

格言は「サンフランシスコ・クロニクル紙(1918年10月22日付)」一面広告より。(画像はほぼ同じ広告)
(出典:A・W・クロスビー著「史上最悪のインフルエンザ」(西村秀一翻訳 みすず書房 2004年))

 

ウイリアム・C・ハスラー(Dr. William Charles Hassler)は、予防医学と衛生学の専門家で、1918年のスペイン風邪(スパニッシュ・インフルエンザ)パンデミックの際にサンフランシスコ市衛生局の最高保健責任者として市保健委員会委員長を務めた人物。
サンフランシスコ市のパンデミック対策を主導し、特に、市民のマスク着用を法律で義務付けた「マスク着用条例」という大胆な手法を用い、当初予想した患者数を半減させることに成功したことで知られる。

1918年10月と第2波後の1919年1月に二度にわたって実施された「マスク着用条例」は、インフルエンザのコントロールを目的としてアメリカ合衆国の大都市圏では唯一施行されたものであった。

ドイツ軍に連合国軍が最終攻勢を始めた第一次世界大戦「アミアンの戦い」の頃、1918年8月後半、アフリカのシエラ・レオネ、フランスのブレスト、アメリカのマサチューセッツ州ボストンの3か所の港町で同時期に強い病原性を持つインフルエンザの爆発的な流行が始まった。新型インフルエンザ・ウイルスによるパンデミック禍「スペイン風邪」である。

感染は、大西洋沿岸のボストン、ワシントンD.C.、ニューヨークなどの都市をはじめ、9月後半までにシカゴ、シアトルなどアメリカ全土へと広がっていった。

9月24日、アメリカ東部のカリフォルニア州サンフランシスコ市(当時の人口55万人)で最初の患者が発見されると、市のパンデミック対策を担っていたハスラー博士らの事前の準備により、ただちに市内の全学校、劇場、教会の閉鎖が行われたが、呼吸を介して広がる伝染病はまたたく間に市内全域を席巻することになった。

10月13日からの一週間に、市内だけで4千人を超える新たな患者と130人の死者が発生し、電話交換手、ゴミ収集事業者、警察官や消防士、鉄道職員、市役所職員(検死官)らが次々に働けなくなり、市の公共サービスが停止状態に陥った。
第一例目の患者確認から一か月目の10月23から一週間がピークとなり、たった一週間の新たな患者は9千人で死者は734人を数えることになる。

10月18日、ハスラー博士は《 接客業の商店従業員の全員に営業時間内はマスクを着用 》するように呼びかけを行い、10月25日にサンフランシスコ市のジェームズ・ロルフ市長は、ハスラー博士の勧告に従って、全市民にマスク着用を義務付ける「マスク着用条例」を発表した(法律は11月1日発効)。

この日、サンフランシスコ市長、市保健委員会、サンフランシスコ市赤十字本部、市郵便局、市商会議所、市労働委員会らの連名で初めて「外出時に市民はマスクを着用するよう」にお触れが出された。

曰く―――。

《 マスクをかけて自分の命を守ろう! ガーゼマスクはインフルエンザの予防に99%有効です。 》

“WEAR A MASK and Save Your Life! A Gauze mask is 99% proof against influenza.”

サンフランシスコ市赤十字本部では10月22日から26日にかけて10万個の「外科用マスク」を市民へ1個10セントで配布する。
尚、当時の外科用マスクは、口と鼻の上を紐付きのガーゼパッドで覆い、その紐を後頭部にまわして結びガーゼを固定するマスクであった。

違反すると刑務所送りとなる厳しい条例だったこともあり、第1回目の条例が施行された10月25日前後には、サンフランシスコの街中でマスクが日常光景となっていたが、残念なことに、新たに報告される患者数が劇的に減少するにつれてマスク着用に反対する声も増えていった、という。

市政と市民の努力の甲斐もあって流行がほとんど終息したことから、市は11月21日に条例を解除するが、その後、一転して、クリスマスが近づくにつれ患者が増え続ける第2波の流行を迎えてしまう。

市議会で再度の条例の発効が議論されると、ただでさえ不便で不快なマスク着用を再び強要されることを嫌った市民らの声は更に大きくなっていった。
特に、クリスチャン・サイエンス教会を中心に、マスクの効果に懐疑的な医師やマスコミなどマスクに反対する人々がこれを後押しし、反マスク狂信者、市民団体らが集結して「反マスク同盟」が結成されるまで、反マスクが深刻な社会現象となっていた。

12月18日には市保健委員会のハスラー博士宛に時限爆弾入りの小包が届くという過激な事件や、授業再開の公立学校でも教育委員会からのマスク着用指示に反対する親らが子供を欠席させるボイコット運動が起こるなど、議会の公聴会に数百人の市民らが押し寄せて、結果としてマスク着用条例案が白紙撤回されるまでに反マスク世論は高まりを見せた。

このときハスラー博士は
《 お金の問題が健康の問題よりも優先されてしまった 》
――――という言葉を残している。

しかし、1919年始から1月8日までに新たに3千人の感染者、195人の死者を数えるに至り、市理事会総会は1月10日に再採決を強行、賛成15対反対1の大差で再びマスク着用の方針が決定されたが、2回目の条例では、市民の9割がこれを無視し、逮捕する警察側の人間も平気で違反を犯したという。

サンフランシスコ市のスペイン風邪パンデミックでは、1918年9月から翌年1月末までのあいだに、5万人以上の患者と3,500人の死者が発生。死者の3分の2は20歳代から40歳代の人たちであった―――。

 

ハスラー博士は、1868年9月9日、イリノイ州クック郡シカゴ生まれ。ニューヨークの薬科大学を経て、1892年クーパーメディカルカレッジ(スタンフォード大学医学部)を卒業後、1901年にサンフランシスコ市の衛生主任となり、1906年のサンフランシスコ大地震(M7.8 死者3000人)の際に感染症予防で活躍、1915年にサンフランシスコ市の保健官となり、市の最高保健責任者として亡くなるまで地域社会の公衆衛生を不屈の意思をもって支えた。
1918年から1919年のスペイン風邪対策で一躍有名となり、1926年には、国際連盟の都市衛生会議で米国代表に選ばれた。
1916年から亡くなるまでカリフォルニア大学で予防医学を講じ、アメリカ公衆衛生協会の会長を歴任。
1931年8月2日、心臓病により急逝。62歳。
その死を悼みカリフォルニア州知事のジェームズ・ロルフ(元サンフランシスコ市長)やジョセフ・ロッシ(サンフランシスコ市長)ら数千人がサンフランシスコ市役所に弔問に訪れたという。

American Red Cross volunteer in San Francisco, 1918 via Wikimedia

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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