『 危機管理の要諦は、初期の情報は極めて不確かだということです。だけど何かが起きたときには対応しなければいけません。初期の対応が極めて重要で、それが遅れると、後でものすごくつけが回ってくる。これは一般の人にもそういうものだと覚悟してほしい。 』
尾身 茂(1949~ / 医師 名誉WHO西太平洋地域事務局長 自治医科大学名誉教授)
格言は2015年2月18日収録の座談会「感染症対策に求められる日本の貢献」(出席者:島尾忠男、水野達男、山本太郎、尾身茂、鎌倉光宏(司会))の発言より。
(出典:「三田評論 2015年4月号 No.1188」特集・グローバル感染症の現在)
曰く―――。
《 感染症は自然災害と一緒で、必ず来るのですが、いつ来るかは分からない。
いつも来ているなら感染症のプロを日本でももっと作ろうとなるけれども、いつ来るか分からないものにどうやって人を育てるかというジレンマがあります。だけどプリペアドネス(被害軽減のための事前準備)が必ずなければならないのです。昨年(2014年)のデング熱でも、私は東京都の検討委員会の座長もさせられたのですが、行政官は皆頑張ったけれども、なぜあそこまで感染が広がったかを調べてみると、最初のケースのピックアップが遅かったのです。
・・・《中略》・・・
このことは、感染症の病原物質まですぐ同定できなくても、もしかすると感染症かもしれないという疑いをもつという、言ってみれば医師の意識の問題が重要だということを示しています。感染症はかなり幅の広い、いろいろな臓器にまたがるものです。今の専門医は診断が決まってからどう治療するかというのは得意だけど、守備範囲が狭い。
・・・《中略》・・・
我が国では前例を踏襲することはうまい。しかし現実には、想定外のことが起こる。世の中をバッとひっくり返すような感染症も起こり得る。これには最初から備えをしておかないといけません。香港はSARS(2003年)一発でGDPの四%を喪失しました。普段から感染症への認識を一般の人、医学界、皆がしっかりと持ち、いざというときのために準備しておくことが大切です。
・・・《中略》・・・
(未知の感染症に備える)「ウイルスは人間より賢い」とうこと。これを肝に銘じたほうがいいでしょうね。彼らは最初から正体を現しません。じわじわと来て、気がついたときはバッと広まっていく。ヘルス分野の人たちは、すぐに病原体は何かと、遺伝子学的な解析に興味があるけれども、やはり対策という意味では、パブリックヘルス的な物の見方が極めて重要です。
そして普段の傾向から逸脱した症状をいかにおかしいかと疑うセンスです。日本人は完璧主義なところがあるから、何がおかしいかが分からないと動かない。だけど分からなくても何かがおかしいというものを察知するセンスは極めて重要です。
感染症だろうが原子力の事故だろうが、津波だろうが、危機管理の要諦は、初期の情報は極めて不確かだということです。全くない場合もある。だけど何かが起きたときには対応しなければいけません。真に何が起きたかは時が経てば分かる。だけどそれがまだわからない初期の対応が極めて重要で、それが遅れると、後でものすごくつけが回ってくる。
これは一般の人にもそういうものだと覚悟してほしい。そしてパブリックヘルスのディシジョンメーカーは、最初は対策が分からないわけですから、その時点では最悪の状況を考えて行動する必要がある。そしてやや過剰と思われるぐらいのことをやることが必要で、過少よりも過剰がいい。情報を得たら過剰な部分を削っていけばよいのです。新型インフルエンザ(2009年)の致命率が低かったのは、やり過ぎぐらい対策を行った結果なのですから。 》
尾身茂(おみ しげる)氏は、世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長時代の2003年に中国に赴き、最前線でSARS(重症急性呼吸器症候群)対策に奔走した人物として知られ、現在は日本政府の新型コロナウイルス対策専門家会議の副座長を務める感染症対策の専門家の一人。
1949(昭和24)年6月11日、東京都出身。
1969(昭和44)年、東京教育大学附属駒場高等学校(現・筑波大学附属駒場高等学校)卒。慶應義塾大学法学部法律学科で学んだ後、1972(昭和47)年自治医科大学一期生として入学。1978(昭和53)年に自治医科大学を卒業し医師国家試験合格。1978(昭和53)年より東京都衛生局医務部医系技官として主に伊豆七島などの僻地の地域医療に従事し、自治医科大学予防生態学助手、旧・厚生省保険局医療課指導監査室特別医療指導監査官を経て、1990(平成2)年に世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局に入局。拡大予防接種計画課課長、感染症対策部長を歴任。WHOにて小児麻痺(ポリオ)の根絶を達成させたことで国際的に高い評価を得た。1999(平成11)年、第5代WHO西太平洋地域事務局長に就任。2003(平成15)年のSARS(重症急性呼吸器症候群)対策で陣頭指揮をとり、その後も、アジア地域における結核対策で辣腕を振るい、強毒性の新型鳥インフルエンザウイルスの脅威を世界に発信した。
2006(平成18)年、第7代WHO事務局長の選挙に日本政府から擁立され立候補したが、同じく中華人民共和国政府から推挙されたマーガレット・チャンに惜しくも敗れた。
2009(平成21)年帰国し、自治医科大学地域医療学センター教授・独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構理事長に就任。2012(平成24)年より内閣府「新型インフルエンザ等対策有識者会議」会長。2013(平成25)年、WHO総会会長。2014(平成26)年、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長に就任。
ベトナム名誉国民賞受賞(2000年)、ラオス人民民主共和国・国民栄誉賞受賞(2008年)など。
■「尾身茂」「感染症」「医師」に関連する防災格言内の記事
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厚生労働省 2007(平成19)年 インフルエンザ総合対策標語(2009.10.26 防災格言)
CDC(米国疾病予防管理センター)感染対策ガイドライン(2013.12.30 防災格言)
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