防災意識を育てるWEBマガジン「思則有備(しそくゆうび)」

防災意識を育てるWEBマガジン

柳瀬実次郎が遺稿『子供への心遣り』に遺した格言(大阪回生病院長)[今週の防災格言352]

time 2014/09/08

柳瀬実次郎が遺稿『子供への心遣り』に遺した格言(大阪回生病院長)[今週の防災格言352]


『 流行性感冒の流行時期には
一寸ちょっとした事でも
細かな注意をはらはねばならぬ。 』

柳瀬実次郎(1875〜1923 / 小児科医 大阪回生病院長 大阪こども研究会発起人)

格言は遺稿『子供への心遣り(大阪こども研究会 1924年)』より。

曰く―――。

インフルエンザや肺炎の流行しない時の風邪は世間一般の人の所謂「風邪位」でいいのだが、虎列刺(コレラ)の流行期に下痢を恐れるのやペストの流行期に一寸(ちょっと)した傷を恐れるのと同じく流行性感冒の流行時期には一寸した事でも細かな注意を拂(はら)はねばならぬ。

口は禍(わざわい)の門(かど)であると申しましたやうに、肺炎にも此(この)言葉が必要で、是非とも此『口』と云ふものに就て注意を怠ってはなりません。

敵はどう云う方面から入るか、其方面を知るのは敵を予防する上に必要であると同じく、肺炎がどうして身体を侵すか、果してどう云ふ道を通って体内に侵入して来るかも知る必要があります。即ち肺炎の黴菌(ばいきん)の入る道は、呼吸の道である所の『口』にあるので、先ず此『口』に就て注意する必要があらうと思はれますが誰でも身体は温かくして居りますけれども、いつも口の方の防御は薄く等閑(なおざり)になり勝なものであります。

柳瀬実次郎(やなせ さねじろう)は、明治から大正時代に活躍された小児科臨床医・医学博士。敬虔なキリスト教徒でもあり、日本初となる子供の母親のための小児医学を分りやすく解説した手引書を執筆した人物として知られる。愛媛県出身。東京帝国大学卒。主な著書に『母の手引』(1909)、『小児救急 母の手引』(1916)、『子供への心遣り』(1924)。
乳幼児の死亡率が高かった明治の末期。実次郎は、はじめ法律家を目指していたが、日本の子供たちの死亡率が世界一である事実を偶然知ってから、子供の救世主となることを決意。志望を小児科医へと転じ、東京帝国大学に入り医学を学んだ。卒業後、大阪回生病院に勤め、大阪市北区川崎町へ移り住んだ。明治39(1906)年、ウィーン大に留学し、生理学、病理学、小児科学を学び、帰国後に復職。後に大阪回生病院院長となった。
謹厳温厚な性格で、紳士の典型と称賛されたほどの人格者でもあり、発起人として「大阪こども研究会」を設立した際には推挙された会長職を固辞したため、ついには研究会は幹事制となって長を置かないことになった逸話もある。生涯を子供のためにささげ、大正12(1923)年7月11日に48歳で死去。

柳瀬実次郎 氏

■「柳瀬実次郎」に関連する防災格言内の記事
建築家 武田五一(2010.06.28 防災格言)
小児科医 川崎富作(2009.01.05 防災格言)

■「感染症」に関連する防災格言内の記事
寺田寅彦「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。」(2009.3.2 防災格言)
田尻稲次郎(スペイン風邪当時の東京市長)(2008.12.22 防災格言)
ジュリー・ガーバーディング(CDC長官)(2009.04.27 防災格言)
国立感染研 竹田美文(2009.05.04 防災格言)
国立感染研 岡部信彦(2009.02.23 防災格言)
WHO中国伝染病担当 ジュリー・ホール(2009.02.02 防災格言)
厚生労働省 2007(平成19)年 インフルエンザ総合対策標語(2009.10.26 防災格言)
ボッカチオ「デカメロン」より(2010.11.15 防災格言)
CDC(米国疾病予防管理センター)感染対策ガイドライン(2013.12.30 防災格言)
アルフレッド・W・クロスビー(アメリカの歴史学者)(2014.07.28 防災格言)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

[このブログのキーワード]
防災格言,格言集,名言集,格言,名言,諺,哲学,思想,人生,癒し,豆知識,防災,災害,火事,震災,地震,危機管理
メルマガ登録バナー
E-mail
お名前
※メールアドレスと名前を入力し読者登録ボタンで購読

アーカイブ