『 地震の中にいる者と外側との、災害に対する認識の差は大きい。 』
黒岩重吾(1924~2003 / 作家 代表作『背徳のメス』(第44回直木賞))
格言は寄稿「地震に思う」(文芸春秋 1995年3月号)より。
曰く―――。
地震の中にいる者と外側との、災害に対する認識の差は大きい。例えばテレビでは、これでもか、といった風に死亡者の数を報道する。地震の規模を全国民に知らせるためには仕方のない報道かもしれないが、窓から火災を見、余震に怯えている人々にとっては、もう良い、と眼と耳を塞ぎたくなるしつこさだった。派手な女性のニュースキャスターが、死亡者が三千人に達しました、と活々と報じているのを見ると、彼女は一体何を感じているのだろうと憤りを覚えた。刻々と増える死亡者の数に怯えている様子が全くない。声を張り上げれば張り上げるほど、表情が活々として見える。少なくともその瞬間、彼女が死に怯え、悲しんでいないことだけは確かである。これは女性だけではなく男性のアナウンサーにもいえることだった。私はそういう報道者を責めているのではない。その背後には、外から被災地を眺めている視聴者の貪欲な要求があるし、災害に遭っていない人間に、被災者と同一心境になれといっても無理だからである。もし私が地震地域に愛する人達を持たず、外側にいたとしたなら、どんなに自戒したとしても、或る種の好奇心を抑えることは無理だったに違いない。
何故なら私は、湾岸戦争に際し、アメリカ軍の凄まじいミサイル攻撃のテレビ画面に、戦慄しながらも緊迫したゲームを観るような昂奮を感じた一人だったからである。
古代ローマの昔から、人間は自分とは無関係な人間が血を流すことに昂奮して来た。これは、人間の内部にゴッドと共に棲(す)むデーモンの欲求があるからである。必要なのは、何処までデーモンを抑え込むかであろう。それが不可能でも、最低限、デーモンを憎む気持ちだけは持たねばならない。現代人に必要な人間の証はそこにある。
阪神淡路震災(1995年1月17日)では、兵庫県西宮市の苦楽園の自宅で大きな揺れを体験したという。地震後の心境を以下のように述べている。
大地震の朝から十日が過ぎた。その間、殆ど原稿を書いていない。書かなければならないと何度も机に向かったが、頭の中心部に穴が空き、その周囲を靄(もや)か煙が取り巻き、しかも熱を帯びているような感じで、思考力が全くない。 ・・・《中略》・・・ 作家になって三十数年、このような状態で十日間も過ごしたのは初めてである。今回の大地震はそれだけの衝撃を私に与えた。地震に関する原稿執筆の依頼もかなりあったが、今日まで総て断った。 ・・・《中略》・・・ 自分と向き合うことにこれほどのエネルギーが必要だったのかと、初めて知った感があった。そういう意味で今回の大地震には、七十歳にして、色々なことを教わった。
… … …
黒岩重吾(くろいわ じゅうご)は、釜ヶ崎の診療所を舞台にした『背徳のメス(1961年)』で第44回直木賞を受賞、社会派推理小説をはじめ、大阪の西成地区に住んだ体験を基にした風俗小説で知られ、後年、は日本古代史をテーマにした歴史小説を数多く発表した人物。紫綬褒章受章(1991年)。兵庫県西宮市に居住。
1924(大正13)年2月25日、大阪市生まれ。父への反抗心から勉強嫌いになり中学受験に二度失敗。旧制宇陀中学(現奈良県立大宇陀高等学校)に補欠入学し、その後、同志社大学法学部に学んだ。1944(昭和19)年、大学在学中に学徒動員で旧満州北部へ出征。ソ連国境で敗戦を迎え、逃避行ののち1946(昭和21)年に内地へ生還した。復学し、卒業後に日本勧業証券(現みずほ証券)に入社するも、戦後は放蕩無頼な生活で闇屋や株屋をしながら大儲けしたという。しかし、悪友との無茶がたたって全身麻痺の大病を患い3年間入院生活を送る。この間に株の大暴落で資産を失い、家財を売り払って、釜ヶ崎のドヤ街(西成のあいりん地区)へと流れた。以降、株の情報屋、トランプ占い師、キャバレーの呼込み、水道産業新聞社編集長など様々な職を経験した。
1958(昭和33)年の『ネオンと三角帽子』がサンデー毎日に入選。司馬遼太郎と知り合い「近代説話」同人となり、1960(昭和35)年の『休日の断崖』が直木賞候補、翌年の『背徳のメス』で直木賞を受賞した。以降は「西成もの」の風俗小説や社会派推理小説家として活躍した。
1963(昭和38)年、日本推理作家協会関西支部長に就任し、直木賞選考委員、奈良文学賞選考委員を歴任。その後、ほとんど取り上げられることのなかった日本の古代史を舞台にした歴史小説の執筆をはじめ、1980(昭和55)年には『天の川の太陽』で第14回吉川英治文学賞を受賞。
主な歴史作品に、蘇我入鹿を描いた『落日の王子(1982年)』、『聖徳太子(1987年)』、『白鳥の王子ヤマトタケル(1990年)』、『女龍王神功皇后(1999年)』、5世紀の雄略天皇を描いた『ワカタケル大王(2002年)』がある。史料や文献の乏しい古代日本を題材に、雄大な構想と艶やかな情感で時代に光芒を放つ新しい人間像を創出した一連の歴史ロマンともいうべき歴史小説の新分野を開拓した功績により、1992(平成4)年に第40回菊池寛賞を受賞した。
2003(平成15)年3月7日、肝不全で逝去。79歳。
■「阪神淡路大震災」に関連する防災格言内の記事
余禄(毎日新聞 1995年1月18日朝刊)より(2016.01.18 防災格言)
天声人語(朝日新聞 1995年1月27日朝刊)(2009.01.19 防災格言)
素粒子(朝日新聞 1995年2月17日夕刊)より(2022.02.21 防災格言)
AC公共広告機構 阪神淡路大震災キャンペーン広告「人を救うのは、人しかいない」(2009.11.30 防災格言)
地震は起きる。それは「想定」ではない。「前提」だ。:三菱地所ホーム(株)のポスター広告 2015年(コピーライター:谷野栄治、三宅ひづる)より(2021.01.18 防災格言)
和達清夫(1902~1995 / 物理学者 初代気象庁長官)(2007.12.03 防災格言)
本田宗一郎(1906~1991 / 実業家 本田技研工業創業者)(2012.12.31 防災格言)
朝比奈隆(1908~2001 / 指揮者 大阪フィルハーモニー交響楽団創立名誉指揮者 文化勲章受章(1994年))(2014.03.10 防災格言)
鈴木俊一(1910~2010 / 元東京都知事 元内務官僚 東京都名誉都民)(2008.10.13 防災格言)
瀬島龍三(1911~2007 / 伊藤忠商事会長)(2017.02.13 防災格言)
後藤田正晴(1914~2005 / 政治家 内閣官房長官 副総理 警察官僚)(2010.11.29 防災格言)
中内功(1922~2005 / 実業家 ダイエー創業者・最高顧問・元会長)(2009.09.07 防災格言)
村野賢哉(1922~2007 / 科学評論家 元NHK解説委員)(2016.08.08 防災格言)
牧冬彦(1922~2006 / 神戸製鋼所社長・神戸商工会会頭)(2018.01.08 防災格言)
李登輝(1923~2020 / 台湾の政治家・農業経済学者 元中華民国総統)(2015.07.13 防災格言)
下河辺淳(1923~2016 / 建設官僚・都市計画家 国土庁事務次官)(2018.04.23 防災格言)
司馬遼太郎(1923~1996 / 作家・評論家 代表作『梟の城(直木賞)』など)(2015.01.12 防災格言)
陳舜臣(1924~2015 / 小説家・歴史著述家)(2015.01.26 防災格言)
黒岩重吾(1924~2003 / 直木賞作家)(2018.01.22 防災格言)
村山富市(1924~ / 震災時の首相 社民党初代党首 内閣総理大臣(第81代))(2007.12.31 防災格言)
野中広務(1925~2018 / 震災時の自治大臣 衆議院議員(7期) 内閣官房長官(第63代))(2018.02.12 防災格言)
五十嵐広三(1926~2013 / 実業家・政治家 阪神淡路大震災時の内閣官房長官(村山内閣))(2022.02.14 防災格言)
河野保(1927~ / 元朝日監査法人代表 日本公認会計士協会近畿会会長)(2011.01.10 防災格言)
吉村昭(1927~2006 / ノンフィクション作家 代表作『関東大震災』『戦艦武蔵』等)(2021.07.19 防災格言)
篠塚昭次(1928~2016 / 民法学者・不動産法 早稲田大学名誉教授)(2020.01.06 防災格言)
田辺聖子(1928~2019 / 作家・随筆家 文化勲章受章)(2019.06.17 防災格言)
西原春夫(1928~ / 法学者 早稲田大学総長)(2018.04.09 防災格言)
多木浩二(1928~2011 / 評論家・思想家 専門は芸術学・記号論・哲学)(2013.01.14 防災格言)
秋山富一(1929~ / 実業家 元住友商事社長・会長 住友商事名誉顧問)(2013.09.02 防災格言)
西川杏太郎(1929~2023 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)(2017.01.16 防災格言)
池端清一(1929~2007 / 旧社会党出身の民主党政治家 国土庁長官(第27代))(2008.01.07 防災格言)
時実新子(1929~2007 / 川柳作家・エッセイスト 代表作「有夫恋」)(2017.01.23 防災格言)
佐々淳行[2](1930~2018 / 評論家 警察官僚・初代内閣安全保障室長)(2018.10.15 防災格言)
篠塚正宣(1930~2018 / 土木工学者 コロンビア大学栄誉教授 プリンストン大学名誉教授)(2020.01.20 防災格言)
領木新一郎(1930~ / 経営者 大阪ガス元会長 大阪工業会会長)(2008.11.03 防災格言)
柴田俊治(1931~2015 / ジャーナリスト 朝日放送社長 朝日新聞記者)(2019.01.07 防災格言)
伊藤滋(1931~ / 都市計画家 東京大学名誉教授)(2019.07.29 防災格言)
小松左京(1931~2011 / SF作家・小説家)(2011.08.01 防災格言)
早川和男[1](1931~2018 / 建築学者 神戸大学名誉教授 日本居住福祉学会会長)(2014.06.16 防災格言)
早川和男[2](1931~2018 / 建築学者 神戸大学名誉教授 日本居住福祉学会会長)(2019.11.11 防災格言)
海部俊樹(1931~2022 / 政治家・衆議院議員(16期) 内閣総理大臣(第76・77代))(2022.01.31 防災格言)
五木寛之(1932~ / 小説家・随筆家・作詞家・作曲家)(2020.01.13 防災格言)
岩城宏之(1932~2006 / 指揮者 メルボルン交響楽団終身桂冠指揮者)(2008.02.18 防災格言)
吉田正輝(1932~2011 / 大蔵官僚・銀行局長 兵庫銀行頭取)(2019.01.28 防災格言)
依田智治(1932~ / 元自民党参議員 元防衛事務次官 元警察官僚)(2007.12.10 防災格言)
貝原俊民(1933~2014 / 阪神淡路大震災時の兵庫県知事)(2014.11.01 防災格言)
斎藤栄(1933~ / 推理作家 代表作『殺人の棋譜』『魔法陣シリーズ』)(2014.03.03 防災格言)
永六輔(1933~2016 / タレント・作家・放送作家・作詞家)(2016.07.18 防災格言)
藤本義一(1933~2012 / 作家・脚本家 代表作「鬼の詩(第65回直木賞)」)(2011.01.17 防災格言)
中井久夫(1934~ / 精神科医 神戸大学名誉教授 文化功労者)(2020.03.09 防災格言)
久我 徹(1934~没年不知 / 元博報堂常務取締役 元博報堂関西支社長)(2009.04.06 防災格言)
筒井康隆(1934~ / SF作家・小説家・劇作家)(2013.02.18 防災格言)
美智子上皇后(1934~ / 第125代天皇明仁の皇后 旧名・正田美智子)(2010.10.18 防災格言)
堺屋太一(1935~2019 / 作家・経済評論家 経済企画庁長官(第55~57代))(2019.02.11 防災格言)
筑紫哲也(1935~2008 / ニュースキャスター・ジャーナリスト 元朝日新聞記者)(2009.09.21 防災格言)
羽田 孜(1935~2017 / 政治家・衆議院議員(14期) 内閣総理大臣(第80代))(2017.09.04 防災格言)
阿久悠(1937~2007 / 作詞家)(2013.06.17 防災格言)
高橋壽正(1938~ / 元社団法人・全国産業廃棄物連合会技術部長)(2012.01.16 防災格言)
古市忠夫(1940~ / プロゴルファー 兵庫県神戸市長田区出身)(2019.07.08 防災格言)
草地賢一(1941~2000 / 牧師 国際ボランティア学会創設者 PHD協会総主事)(2011.08.29 防災格言)
桂文枝(桂三枝)(1943~ / 落語家・タレント 社団法人上方落語協会会長)(2015.01.19 防災格言)
ジェームズ・L・ウィット(1944~ / 元・米連邦緊急事態管理庁(FEMA)長官)(2010.01.11 防災格言)
岡本行夫(1945~2020 / 外交評論家・実業家 元外務省安全保障課長)(2018.08.20 防災格言)
斎藤富雄(1945~ / 兵庫県初代防災監 兵庫県副知事)(2017.11.20 防災格言)
遠藤勝裕(1945~ / 震災時の日本銀行神戸支店長)(2017.05.15 防災格言)
鳩山由紀夫(1947~ / 政治家・衆議院議員 内閣総理大臣(第93代) 民主党代表)(2009.08.31 防災格言)
伊集院静(1950~ / 作家・作詞家 CMディレクター 代表作『乳房』)(2012.02.27 防災格言)
大森一樹(1952~ / 映画監督・脚本家 代表作『ヒポクラテスたち』)(2013.04.08 防災格言)
髙村薫(1953~ / 作家 代表作『マークスの山(第109回直木賞)』)(2013.07.29 防災格言)
藤原智美(1955~ / 小説家・随筆家)(2013.08.12 防災格言)
田中康夫(1956~ / 作家・政治家 元長野県知事 元衆議院議員 元参議院議員)(2019.01.14 防災格言)
西村明儒(1961~ / 医師・医学博士 横浜市立大准教授 徳島大学教授)(2009.12.21 防災格言)
谷川浩司(1962~ / 将棋棋士 永世名人 日本将棋連盟会長)(2013.03.04 防災格言)
白羽弥仁(1964~ / 映画監督)(2008.01.21 防災格言)
沢松奈生子(1973~ / 元女子プロテニス選手)(2008.1.14 防災格言)
イチロー(1973~ / 元プロ野球選手)(2013.08.26 防災格言)
立春の日のコロンブスの卵(中谷宇吉郎随筆より)(2006.01.17 編集長コラム)
阪神淡路震災より18年(2013.01.17 店長コラム)