『 阪神大震災の最大の悲劇は、自衛隊の出動が遅れたことよりも、地元密着のはずの自治体消防が弱体だったことだ。 』
村野賢哉(1922〜2007 / 科学評論家 元NHK解説委員)
格言は讀賣新聞(1995(平成7)年7月14日)の論点より。
曰く―――。
《 水がないと言って、水の出ないホースの筒先をむなしく両手で握って空を仰いで立ち尽くす消防士の姿はなんといっても惨めだった。《中略》 消防士たちは、日ごろから「火を見て言挙げせず(目の前に燃える火を見て議論をする暇はない)」をモットーにしている。火消しに生きがいを感じているこのナイスガイたちが火を消せず、涙をのんで立ち尽くす姿は全くやるせなかった。
なぜ、こんなことになったのか。地域密着をうたい文句にしてきた市町村消防の限界が見えたとしか言い様がないのである。
職業消防士も救急隊員も、ボランティア消防団員も、実に立派な活躍をした。それでもたくさんの焼死者を出し家を焼かれるのにまかせざるを得なかった。巨大地震のほかに消防組織のひ弱さがあったからである。《中略》
現在の組織は、占領軍政府の指導で、アメリカ型の地方自治体による組織になった。自治体消防といっても、市町村を一単位とする消防なので、その指揮官は市町村長である。県知事の指揮下には、防災活動で一番働く消防官や消防団員は入らないのである。
兵庫県の消防行政に関係する組織としては、「消防・交通安全課」があるだけだった。他の道府県でも同じことで、ほとんどが防災安全課の中の一つの係というところが多い。
とにかく、自治体消防は都道府県消防とするべきである。以前から何度も主張してきたことだが、いまだに動きは見えない。
強く反対しているのが自治省消防庁と政令指定都市の消防本部長らである。消防事務は国や道府県からの委託事務ではなく、あくまで市町村の固有事務だというのである。
これに対して賛成は、東京消防庁と、政令指定都市ではない一般の地方の中小市町村消防側であった。東京消防庁はもともと、二十三の特別区の合同組織として発足したものである。これに、東京・東久留米、稲城を除く、都内の各市町村が消防事務を委託する形を取ってきたので、事実上、都に一本化された組織になっている。《中略》 それだけ、装備も設備も他の市町村単独の組織とは格段の差があり、救急能力も大きい。
戦前のわが国の消防組織は、警察の一部門にすぎなかった。それを占領国軍の意向などによって独立させたのはよいのだが、市町村消防にしたことは失敗であった。財政的にも人材的にも、限られた力しか整えられないからだ。
《中略》
何が一番の問題点かと言えば、今回のような大規模な災害が起こり、交通が混乱した場合は、消防力が全く無力になってしまうことである。
神戸のような大都会の消防ですら、隣接市町村や他県に応援してもらわなければならなかった。まして阪神地区の各市は、いざという時は神戸市の消防力をあてにしていた。しかし、神戸自体がそれどころではなかった。加えて交通の混乱。ご存じの通り、実際はどうにもお手上げ状態だったのである。
都道府県単位の消防になっていれば、単独には持てないヘリコプターの常備も可能である。最も有効な広域機動消防隊や、よく訓練されたレスキュー部隊についても同様だ。知事の指揮下に入って、速やかに自衛隊や他県の応援隊とも連携作戦がとれるようになるからである。
今回の大災害を経験した自治体は「住民の生命と財産を守る」という本務を貫かなければならない。もし、現組織にしがみつくようなことがあるのなら逆である。もっと大きな視点での任務を検討すべきだ。 》
村野賢哉(むらの けんや)は、科学評論家・元NHK解説委員。宇宙開発、社会科学、生物科学、新技術、新材質、エレクトロニクス、エネルギー、安全工学(事故、災害、安全)など科学技術のあらゆる分野をカバーした評論で知られる。1922(大正11)年8月8日生まれ。東海大学文明研究所教授、日本未来学会理事、鉄道総合技術研究所理事などを歴任。
1969(昭和44)年7月20日、アポロ11号による人類初の月面着陸を伝えたNHKの特別番組「アポロアワー(20:00〜21:30OA)」ではNHK解説委員(科学担当)として解説を担当、この放送でボーン国際記者賞(1969年)を受賞。 1973(昭和48)年、独立系シンクタンク「ケン・リサーチ会社」を創立し、代表取締役社長(所長)に就任され、後に会長を歴任。主な著書に「技術者の生きがいとは何か(PHP研究所 1984年)」、「安全の摂理 ロマンチック・テクノロジー(日本工業新聞社 1978年)」、「明日をひらく科学(偕成社 1973年)」、「アポロ11号の記録 人類がはじめて月へ(講談社 1969年)」、「東南アジアの自然をたずねて(日本放送出版協会 1962年)」など。
2007(平成19)年11月23日、前立腺がんのため85歳で死去。
写真は日本記者クラブ会報 第455号より
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