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『一遍上人語録』に記された僧侶・一遍の遺した格言(鎌倉時代)[今週の防災格言436]

time 2016/04/25

『一遍上人語録』に記された僧侶・一遍の遺した格言(鎌倉時代)[今週の防災格言436]


『 専ら慈悲心をおこして、
他人のうれいを忘るることなかれ。 』

一遍(1239〜1289 / 鎌倉時代中期の僧侶・一遍上人 時宗の開祖)

格言は「一遍上人語録(鎌倉時代)」巻上より。
「慈悲心」は、いつくしみの心の意。

一遍(いっぺん)は、鎌倉時代中期の僧侶。念仏宗である時宗(じしゅう)開祖。「一遍」は房号で、法諱は「智真」。諡は「円照大師」。 他力念仏を唱道。全国を巡り、衆生済度のため民衆に踊り念仏をすすめ、遊行上人(ゆぎょうしょうにん)といわれた。

伊予国(現・愛媛県)道後の豪族・河野通広(こうの みちひろ / 生年不詳〜1263)の第2子として生れる。祖父の代からの鎌倉幕府の実力者の家系だったが、承久3(1221)年の「承久の乱(じょうきゅうのらん)」で朝廷側についたため、敗れて没落。10歳で母を亡くすと出家して、13歳で大宰府へとわたり、法然の孫弟子にあたる聖達の弟子となり、その後、10年以上にわたり浄土宗西山義を学んだ。
弘長3(1263)年、25歳の時。父の死をきっかけに還俗し伊予へと帰るが、一族の所領争いにより、文永8(1271)年に32歳で再び出家し、信濃の善光寺や伊予の窪寺・岩屋寺で修行する。文永11(1274)年から遊行を開始。各地を行脚しながら修行にはげみ、弘安2(1279)年に踊り念仏を始めた。
正応2(1289)年、死地を求めて教信の墓のある播磨印南野(兵庫県加古川市)教信寺を再訪する途上、摂津兵庫津の観音堂(真光寺)で入寂。51歳。死因は、15年半にわたる過酷な遊行による栄養失調等と考えられている。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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