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河口慧海が著書『入菩薩行』に記した格言(仏教学者・探検家)[今週の防災格言198]

time 2011/09/26

河口慧海が著書『入菩薩行』に記した格言(仏教学者・探検家)[今週の防災格言198]


『 個人と社會社会とを問はず、
その困難なる問題にいたっては、
す=総べてれ自身を知らざるより起るなり。 』

河口慧海(1866〜1945 / 黄檗宗僧侶 仏教学者 日本人初のチベット入境者)

この格言は著書『入菩薩行(1921年)』序より。

『 若し夫れ個人は各自自身を正しく知り、社會は其れ自身の現状を、云何にすれば其本来の目的たる向上的性能を発達すべきかを正知して、此両者の全く離るること能はざる密接なる関係を正當(正当)に熟知する時は、個人的厄介なる問題も、社会的至難なる問題も、皆容易に氷解することを得るなり。』

――と続く。

黄檗宗(おうばくしゅう)僧侶の河口慧海(かわぐち えかい / 僧名:慧海仁広)老師は、日本人で初めてチベット入境を果たし、貴重な仏典の数々を持ち帰った探検家として世界的に知られる仏教学者である。

泉州堺(現・大阪府堺市)生まれ、幼名を定治郎。1890(明治23)年、25歳の時に出家し真言宗僧侶・釈雲照(1827〜1909)に学んだ。1892(明治25)年、目黒(東京都目黒区)の五百羅漢寺住職となるが、讒言により僧職を剥奪された。大内青巒・井上円了らの仏教政治活動団体「尊皇奉仏大同団」に入り、機関誌の執筆を行う中、29歳で、中国や日本に伝承された漢訳仏典に疑問を覚え、仏典の梵語原典とチベット語訳を入手しようとしてチベット入境を決意する。約4年後の1897(明治30)年6月、神戸港からチベットへと旅立ち、6年の歳月を重ねチベット入国の大願を成就し、1903(明治36)年5月に帰国。チベットの体験談は『西蔵旅行記(”Three Years in Tibet”)』として刊行され当時一大センセーションを巻き起こした。
帰国後は経典の翻訳や研究、仏教やチベットに関する著作を続け、1926(大正15)年に僧籍を返上しウパーサカ(在家)仏教を提唱。大正大学教授に就任し、チベット語の研究を続けながら蔵和辞典の編集を行った。終戦の半年前に脳溢血により東京世田谷の自宅で80歳で逝去。仏教徒として厳格に五戒を守り、自ら毎日の精進を欠かさない高潔な人物であったという。

■「河口慧海」氏に関連する防災格言内の記事
今週の防災格言<218> 釈雲照(幕末明治期の真言宗僧侶)律師(2012.02.13 防災格言)
食育の詩(浅田一「食偈(じきげ)」より)(2011.08.23 編集長コラム)
今週の防災格言<181> ラビンドラナート・タゴール氏(インドの詩人)(2011.05.30 防災格言)
今週の防災格言<199> 浅田一氏(法医学者・精神医学者)(2011.10.03 防災格言)

 

<編集長 拝>

 

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