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西川杏太郎が阪神淡路震災の時に残した格言(1929~2023 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)[今週の防災格言474]

time 2017/01/16

西川杏太郎が阪神淡路震災の時に残した格言(1929~2023 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)[今週の防災格言474]

『 昔の知恵はばかにできない。 』

 

西川杏太郎(1929~2023 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員 元奈良国立博物館長)

 

阪神淡路震災は、日本の美術館や博物館の現状を露呈した災害でもあった。
ヨーロッパでは、所蔵品が自国の文化・精神の結晶体と考え都市文化の背骨となる一方で、日本の公立美術館は、ミュージアムが自治体の一施設にすぎない。

兵庫県立近代美術館では阪神淡路震災の当日(1995年1月17日)、学芸員3人を含む7人がかけつけ、転倒・破損した彫刻を収蔵庫に運ぶなどの作業に追われた。展示作品の撤去や収蔵庫の整理は以後数日にわたって続けられたが、余震に備えて彫刻を縛ったり、盗難防止のため作品を隠すなどに手間どり、すべての被害をつかむまでに3週間かかったという。

ただ、自館の復旧に取り組めた館はいい方で、神戸市立博物館では、11人いる学芸員は避難所勤務に動員されたため、しばらくの間、壊れた展示品が放置されていた。
西宮市大谷記念美術館の場合は、被災者の避難所となったため、1995年(平成7年)6月4日まで、ピーク時で350人の被災者が館内に寝泊まりした。
兵庫県立近代美術館では、地震の翌日、館を遺体置き場にしたい、という県からの要請を受けた(実際には館が危険な状態だったため断らざるを得なかった)という。

災害時の学芸員の本来の仕事は「自館の資料保全」であることから「それをほったらかしにするのはクレージーだ」と海外の学芸員から非難されたという。

この震災を契機に、「見せる(企画展示)」に走ってきたこれまでの運営から、作品保存や安全な展示のあり方を見直す動きがでてきた。
絵の壁へのとりつけ方、彫刻を安定させる方法など、ちょっとした工夫で被害はもっと軽く済んだのではないか、との反省があるからだという。

震災半年後の夏、文化庁で、被災データを分析し、その対策マニュアルをつくる目的で、学識経験者で構成する「文化財の防災に関する調査研究協力者会議」が発足され、座長には西川杏太郎が就任する。
そして、2年後の1997年(平成9年)6月、収蔵・展示・緊急処置の三点について書かれた防災指針『文化財(美術工芸品等)の防災に関する手引』が刊行されることとなる。

格言は読売新聞(1995年9月26日朝刊)の記事「文化財:保存・展示に反省点」より。

曰く―――。

仏像など古い美術品の被害は思ったほどひどくない。やられたのは江戸以降に修理が加わった作品が多く、それ以前の作では台座に心棒が入っているなど構造がしっかりしていた。昔の知恵はばかにできない。私の博物館勤めの経験から言っても、ガラスケースのなかはクロス張りと板に限るとか、器物はなかに鉛玉を入れて安定させるなど先人の工夫は見直さなければならないと思う。
しかし米国の美術館から日本には震災対策のマニュアルがないと指摘されればもっともなので、今年は現場の生の声とデータをできるだけ集め、来年にはその分析にかかりたい。被災の代償は大きいが、震災の記憶が風化しないうちに対策をまとめていきたい

… … …

西川杏太郎(にしかわ きょうたろう)は、日本彫刻史、文化財保存学を専門とする美術史家。「書の巨人」と謳われ、書家として初の文化勲章受章者となった西川寧(にしかわ やすし / 1902~1989)の息子として東京都墨田区向島に生まれる。
旧制・東京中学校(現東京高等学校)を卒業後、昭和20年(1945年)春、慶應義塾大学文学部予科に入学。東京空襲により中学は全焼したため卒業式はなし。大学も日吉キャンパスが帝国海軍に接収され入学式はなかったという。
旧制大学最後の卒業となる昭和25年(1950年)9月に大学を卒業すると、翌年、文化財保護委員会(現文化庁)入りし、文化財保護部美術工芸課長、文化財調査官、東京国立博物館次長を経て、昭和62年(1987年)に奈良国立博物館館長及び東京国立文化財研究所長となり、東京芸術大学客員教授を歴任。
退官後は、横浜美術短期大学学長、神奈川県立歴史博物館館長を歴任。平成25年(2013年)より日本美術院から独立し国や行政の依頼で国宝、重要文化財などの修理を行う「公益財団法人・美術院 国宝修理所」の理事長に就任。
平成14年(2002年)、勲二等瑞宝章を受章。主な著書『日本彫刻史論叢』など。
令和5年(2023年)2月24日、心不全のため死去。93歳没。

■「阪神淡路大震災」に関連する防災格言内の記事
余禄(毎日新聞 1995年1月18日朝刊)より(2016.01.18 防災格言)
天声人語(朝日新聞 1995年1月27日朝刊)(2009.01.19 防災格言)
素粒子(朝日新聞 1995年2月17日夕刊)より(2022.02.21 防災格言)
AC公共広告機構 阪神淡路大震災キャンペーン広告「人を救うのは、人しかいない」(2009.11.30 防災格言)
地震は起きる。それは「想定」ではない。「前提」だ。:三菱地所ホーム(株)のポスター広告 2015年(コピーライター:谷野栄治、三宅ひづる)より(2021.01.18 防災格言)
和達清夫(1902~1995 / 物理学者 初代気象庁長官)(2007.12.03 防災格言)
本田宗一郎(1906~1991 / 実業家 本田技研工業創業者)(2012.12.31 防災格言)
朝比奈隆(1908~2001 / 指揮者 大阪フィルハーモニー交響楽団創立名誉指揮者 文化勲章受章(1994年))(2014.03.10 防災格言)
鈴木俊一(1910~2010 / 元東京都知事 元内務官僚 東京都名誉都民)(2008.10.13 防災格言)
瀬島龍三(1911~2007 / 伊藤忠商事会長)(2017.02.13 防災格言)
後藤田正晴(1914~2005 / 政治家 内閣官房長官 副総理 警察官僚)(2010.11.29 防災格言)
中内功(1922~2005 / 実業家 ダイエー創業者・最高顧問・元会長)(2009.09.07 防災格言)
村野賢哉(1922~2007 / 科学評論家 元NHK解説委員)(2016.08.08 防災格言)
牧冬彦(1922~2006 / 神戸製鋼所社長・神戸商工会会頭)(2018.01.08 防災格言)
李登輝(1923~2020 / 台湾の政治家・農業経済学者 元中華民国総統)(2015.07.13 防災格言)
下河辺淳(1923~2016 / 建設官僚・都市計画家 国土庁事務次官)(2018.04.23 防災格言)
司馬遼太郎(1923~1996 / 作家・評論家 代表作『梟の城(直木賞)』など)(2015.01.12 防災格言)
陳舜臣(1924~2015 / 小説家・歴史著述家)(2015.01.26 防災格言)
黒岩重吾(1924~2003 / 直木賞作家)(2018.01.22 防災格言)
村山富市(1924~ / 震災時の首相 社民党初代党首 内閣総理大臣(第81代))(2007.12.31 防災格言)
野中広務(1925~2018 / 震災時の自治大臣 衆議院議員(7期) 内閣官房長官(第63代))(2018.02.12 防災格言)
五十嵐広三(1926~2013 / 実業家・政治家 阪神淡路大震災時の内閣官房長官(村山内閣))(2022.02.14 防災格言)
河野保(1927~ / 元朝日監査法人代表 日本公認会計士協会近畿会会長)(2011.01.10 防災格言)
吉村昭(1927~2006 / ノンフィクション作家 代表作『関東大震災』『戦艦武蔵』等)(2021.07.19 防災格言)
篠塚昭次(1928~2016 / 民法学者・不動産法 早稲田大学名誉教授)(2020.01.06 防災格言)
田辺聖子(1928~2019 / 作家・随筆家 文化勲章受章)(2019.06.17 防災格言)
西原春夫(1928~ / 法学者 早稲田大学総長)(2018.04.09 防災格言)
多木浩二(1928~2011 / 評論家・思想家 専門は芸術学・記号論・哲学)(2013.01.14 防災格言)
秋山富一(1929~ / 実業家 元住友商事社長・会長 住友商事名誉顧問)(2013.09.02 防災格言)
西川杏太郎(1929~2023 / 美術史家 東京文化財研究所名誉研究員)(2017.01.16 防災格言)
池端清一(1929~2007 / 旧社会党出身の民主党政治家 国土庁長官(第27代))(2008.01.07 防災格言)
時実新子(1929~2007 / 川柳作家・エッセイスト 代表作「有夫恋」)(2017.01.23 防災格言)
佐々淳行[2](1930~2018 / 評論家 警察官僚・初代内閣安全保障室長)(2018.10.15 防災格言)
篠塚正宣(1930~2018 / 土木工学者 コロンビア大学栄誉教授 プリンストン大学名誉教授)(2020.01.20 防災格言)
領木新一郎(1930~ / 経営者 大阪ガス元会長 大阪工業会会長)(2008.11.03 防災格言)
柴田俊治(1931~2015 / ジャーナリスト 朝日放送社長 朝日新聞記者)(2019.01.07 防災格言)
伊藤滋(1931~ / 都市計画家 東京大学名誉教授)(2019.07.29 防災格言)
小松左京(1931~2011 / SF作家・小説家)(2011.08.01 防災格言)
早川和男[1](1931~2018 / 建築学者 神戸大学名誉教授 日本居住福祉学会会長)(2014.06.16 防災格言)
早川和男[2](1931~2018 / 建築学者 神戸大学名誉教授 日本居住福祉学会会長)(2019.11.11 防災格言)
海部俊樹(1931~2022 / 政治家・衆議院議員(16期) 内閣総理大臣(第76・77代))(2022.01.31 防災格言)
五木寛之(1932~ / 小説家・随筆家・作詞家・作曲家)(2020.01.13 防災格言)
岩城宏之(1932~2006 / 指揮者 メルボルン交響楽団終身桂冠指揮者)(2008.02.18 防災格言)
吉田正輝(1932~2011 / 大蔵官僚・銀行局長 兵庫銀行頭取)(2019.01.28 防災格言)
依田智治(1932~ / 元自民党参議員 元防衛事務次官 元警察官僚)(2007.12.10 防災格言)
貝原俊民(1933~2014 / 阪神淡路大震災時の兵庫県知事)(2014.11.01 防災格言)
斎藤栄(1933~ / 推理作家 代表作『殺人の棋譜』『魔法陣シリーズ』)(2014.03.03 防災格言)
永六輔(1933~2016 / タレント・作家・放送作家・作詞家)(2016.07.18 防災格言)
藤本義一(1933~2012 / 作家・脚本家 代表作「鬼の詩(第65回直木賞)」)(2011.01.17 防災格言)
中井久夫(1934~ / 精神科医 神戸大学名誉教授 文化功労者)(2020.03.09 防災格言)
久我 徹(1934~没年不知 / 元博報堂常務取締役 元博報堂関西支社長)(2009.04.06 防災格言)
筒井康隆(1934~ / SF作家・小説家・劇作家)(2013.02.18 防災格言)
美智子上皇后(1934~ / 第125代天皇明仁の皇后 旧名・正田美智子)(2010.10.18 防災格言)
堺屋太一(1935~2019 / 作家・経済評論家 経済企画庁長官(第55~57代))(2019.02.11 防災格言)
筑紫哲也(1935~2008 / ニュースキャスター・ジャーナリスト 元朝日新聞記者)(2009.09.21 防災格言)
羽田 孜(1935~2017 / 政治家・衆議院議員(14期) 内閣総理大臣(第80代))(2017.09.04 防災格言)
阿久悠(1937~2007 / 作詞家)(2013.06.17 防災格言)
高橋壽正(1938~ / 元社団法人・全国産業廃棄物連合会技術部長)(2012.01.16 防災格言)
古市忠夫(1940~ / プロゴルファー 兵庫県神戸市長田区出身)(2019.07.08 防災格言)
草地賢一(1941~2000 / 牧師 国際ボランティア学会創設者 PHD協会総主事)(2011.08.29 防災格言)
桂文枝(桂三枝)(1943~ / 落語家・タレント 社団法人上方落語協会会長)(2015.01.19 防災格言)
ジェームズ・L・ウィット(1944~ / 元・米連邦緊急事態管理庁(FEMA)長官)(2010.01.11 防災格言)
岡本行夫(1945~2020 / 外交評論家・実業家 元外務省安全保障課長)(2018.08.20 防災格言)
斎藤富雄(1945~ / 兵庫県初代防災監 兵庫県副知事)(2017.11.20 防災格言)
遠藤勝裕(1945~ / 震災時の日本銀行神戸支店長)(2017.05.15 防災格言)
鳩山由紀夫(1947~ / 政治家・衆議院議員 内閣総理大臣(第93代) 民主党代表)(2009.08.31 防災格言)
伊集院静(1950~ / 作家・作詞家 CMディレクター 代表作『乳房』)(2012.02.27 防災格言)
大森一樹(1952~ / 映画監督・脚本家 代表作『ヒポクラテスたち』)(2013.04.08 防災格言)
髙村薫(1953~ / 作家 代表作『マークスの山(第109回直木賞)』)(2013.07.29 防災格言)
藤原智美(1955~ / 小説家・随筆家)(2013.08.12 防災格言)
田中康夫(1956~ / 作家・政治家 元長野県知事 元衆議院議員 元参議院議員)(2019.01.14 防災格言)
西村明儒(1961~ / 医師・医学博士 横浜市立大准教授 徳島大学教授)(2009.12.21 防災格言)
谷川浩司(1962~ / 将棋棋士 永世名人 日本将棋連盟会長)(2013.03.04 防災格言)
白羽弥仁(1964~ / 映画監督)(2008.01.21 防災格言)
沢松奈生子(1973~ / 元女子プロテニス選手)(2008.1.14 防災格言)
イチロー(1973~ / 元プロ野球選手)(2013.08.26 防災格言)
立春の日のコロンブスの卵(中谷宇吉郎随筆より)(2006.01.17 編集長コラム)
阪神淡路震災より18年(2013.01.17 店長コラム)

 

著者:平井敬也(週刊防災格言編集主幹)

 

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