『 くわばらくらばら(桑原桑原) 』
落雷のまじない「くわばらくわばら(桑原桑原)」の伝承
「くわばらくわばら」は、災難や禍事など、恐ろしいことや不吉なことが自分の身にふりかからないようにと唱える「まじない(呪詞、呪文)」の一つで、もともとは「雷除け」の言葉であった。
民俗学者・柳田国男の『赤子塚の話』(1920年2月)によると、雷が鳴るときに「くわばらくわばら」と唱えるのはほぼ日本全国でみられる風習という。
その昔、雷という自然現象は「雷獣」という生物(妖怪)が原因とされた。火の玉のようなものが落ちて来て、地面に達すると、雷獣が天に駆け上がって猛々しく空を駆けまわるのが落雷なのだという。
明治時代の小説『尼子十勇士伝』(1883年)には、京都に雌伏していた山中鹿之助が、銀閣寺の庭に落ちてきた火の玉から雷獣を捕らえ、将軍・足利義輝に取り立てられる、というよな物語がある。似たような話は江戸時代から明治にかけての伝承にも多い。
「くわばらくわばら(桑原桑原)」の由来で知られる寺院が今もある。
一つは、大阪府和泉市桑原町の高野山真言宗「無量山 西福寺」で、東大寺再建に尽力した僧侶・俊乗坊重源(1121~1206)の古跡「俊乗堂」の傍らに「雷井戸(桑原の井)」というのがある。
その昔(14世紀以前)、沙弥道行という僧が、落雷の被害をなくすため大般若経を写経し、熱心に落雷防止を祈願したという伝承が残る。
『和泉名所図会(いずみめいしょずえ)』(1796年)によると、
むかし、この井戸に落雷があり、井戸より雷(らい)が上らんとするところを、人々が寄り集まって、井の上へ蓋で覆って、雷を責める事久しかった。雷は大いに苦しんで「これからは、この地へ落ちることをしない」と誓ったので、人々はこれを赦した。それ以来、この地には落雷が無いという。
世間で、雷鳴のときに「くわばらくわばら(桑原桑原)」というのは、この謂れによるという。そして、その声に雷は注意して決して落ちることが無いということだ。
此辺(このあたり)の諺(ことわざ)に、三尺の童子も、これをいへば洩らす能(あた)はず、これを記す
とも記されている。
もう一つが、兵庫県三田市桑原の古刹「曹洞宗太宋山 欣勝寺」に伝わるもので、
その昔、寺に落ちてきた雷を住職が懲らしめ、以来「桑原」の地名が、雷除けの呪文になったという点が、西福寺と非常に似通っている。
西福寺も欣勝寺も、最近では「(雷が)落ちない」という意味から転じて受験生のお参りが多い寺院となっているのだとか。
さて、このような迷信を子供の頃から聞かされて育ったのが、のちに雪の科学者として世界で名が知られる物理学者・中谷宇吉郎である。中谷は、随筆『雷獣』(1942年7月)のなかで、…
この先駆放電の現象の進行は余りに迅速なために、写真の上でも、一つの火の玉が雲から地面まで落ちて来るように映ることが多い。火の玉が地面に達すると、その瞬間に非常に光の強い放電が、地面から雲に向って進む。その速度は光の速度に近いくらい大きい。この放電が普通に落雷電光となって見えるのである。
…と、放電現象について解説しながら、雷の迷信について、
普通の通俗科学書、特に迷信打破を目的とするような書物では、雷獣の話などは一笑に付されることが多い。特に親切な場合でも、落雷によって樹木の表面につけられた傷を、何か獣が駆け上がった爪痕とでも解釈したのであろうという程度のいわゆる科学的解釈がなされているくらいである。
と述べている。
雷雨は、昼夜を問わず非常に激しい雨とともに発生することが多く、そういった集中豪雨では、たびたび土砂崩れや土石流をひき起こして過去多くの人命が犠牲となってきた。「くわばらくわばら(桑原桑原)」という日本全国に共通する伝承は、そのような歴史被害への教訓が多く含まれているものと思う。
竹原春泉画『絵本百物語』の雷獣
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